茨城県が過去最大予算で挑んだインバウンド誘客、自治体ながら「営業」専属部署を設置、その背景と狙いを担当者に聞いた

茨城県がインバウンド誘致で攻勢をかけている。2022年度は、県国際観光課の予算として過去最大の2億円を設定。重点市場の台湾に対しては、さらに別枠で5億円の大型予算を組み、2022年8月以降、台北市内で切れ目なくプロモーションをおこなった。台湾の人々に、茨城県を強烈に印象づけるのが目的だ。

さらに茨城県のインバウンド観光の推進で特徴的なのは、国際観光課を「営業戦略部」に置き、全国有数の農業産出額、漁獲高を誇る同県の農産物や食料加工品を一緒にアピールしていくこと。「観光と食の両面で関心を引きつけ、茨城県をグローバルに売っていく」と話す、茨城県営業戦略部国際観光課課長の幡谷佐智子氏と同課長補佐の菊池克哉氏にそのねらいを聞いてきた。

観光と食の現状と課題

茨城県が海外に向け、観光と食で足並みをそろえて戦略的に営業活動をすることは初めて。幡谷氏は「それぞれのタイミングが噛みあった」と話す。

2021年度末から2022年度初頭にかけて、日本国内では各地の「まん延防止等重点措置」解除に伴い、コロナの収束と訪日旅行を含む国際観光再開への期待が高まりつつあった。これに加え、茨城県にはもう一つ、明るいニュースがあった。台湾が福島県の原発事故による放射能汚染の影響を踏まえて茨城県産の食品に対して行ってきた輸入規制を、2022年2月に緩和したのだ。

「それまで日本酒の輸出はできていたが、やっと食品の規制が緩和された。これは、閉ざされていた市場への進出と、コロナで止まっていた往来を取り戻す大きなチャンス。そのために、台湾に打って出た。コロナ前にも茨城に直航便を就航し、来県ツアー数で1位の台湾に対し、食と観光を前面に出した大々的なプロモーションを展開する。茨城を印象づけ、人の往来と経済交流を促進するのが、茨城県の戦略」と、幡谷氏は力をこめる。

茨城県営業戦略部国際観光課課長の幡谷佐智子氏

茨城県の大井川和彦知事は日本の人口減を見すえ、就任翌年の2018年に「営業戦略部」を設置。海外にチャンスを見出すべく、観光をはじめ企業の海外支援や空港の就航対策、農作物・県産品の販路拡大など、海外向けにプロモーションをするセクションを一堂に集めた。同部署の設置に携わった菊池氏によると、「他県にも『営業』が付く部署はあるが、完全に専属の部署としたのは全国で初めて」というほど、意欲的な取り組みだった。

ただし、食の海外展開は輸出規制のため、コロナ以前も積極的な営業はできていなかった。一方、訪日観光は2013年の茨城空港開港以降、航空路線やツアーの誘致や県内の観光スポットのPRをしていたものの、課題を感じていた。

そこで、「茨城県は台湾への農産物の輸出では後発。インバウンドについてもまだまだ知名度が足りない。茨城に関心を向けてもらうためには、この機に観光と食をあわせ、徹底的に大規模なプロモーションをする必要がある」(幡谷氏)と、過去最大規模のプロモーションを実施した。

後発の茨城県をどう印象付けるか

プロモーションではまず、台湾生まれ・茨城育ちの人気タレント、渡辺直美さんを宣伝大使に起用し、特設サイトを開。台湾人に関心の高いテーマとして「開運茨城」を掲げ、岩礁に立つ「神磯の鳥居」で有名な「大洗磯前神社」や「牛久大仏」などのパワースポットと農産物や食品を中心に、新しい日本の目的地として茨城県をアピールした。

なかでも、2022年8月と2023年2月にはそれぞれ約1カ月の集中キャンペーンとして、街頭広告や交通広告を展開。特に2月は、地下鉄(MRT)台北駅など乗降者の多い市内3駅での駅広告とMRT車内の広告ジャック、MRT各駅でのモニター計3000台での動画広告、バス計100台での車体広告を実施し、「茨城県」で埋め尽くした。

広告のほか、台湾最大の旅行展示会「台北国際旅行博(ITF)2022」にも出展。集中広告を展開した2023年2月には、台湾の国民的祝祭である「ランタンフェスティバル」にあわせ、消費者向けに観光と食の魅力をアピールする「いばらき大見本市」と、県内事業者約40社の経済ミッションによる「いばらき大商談会」を開催。大井川和彦知事も訪台し、トップセールスを実施した。

すると、その場でLCCタイガーエア台湾の経営陣が、2023年3月26日からの台北/茨城便の運航再開に加え、高雄/茨城間の団体客向けのチャーター便(週3便)の運航を発表。早速、強力なプロモーションの成果が発揮された。

高雄/茨城間のチャーター便運航の発表を受け、台湾のキーとなる旅行会社向けに実施したFAMツアーでも参加者から好感触を得た。「台北国際旅行博(ITF)2022」の来場アンケートでは、「日本で行ってみたい都市」の回答で「茨城県」が前回との伸び率で1位を獲得した。

「FAMツアー後の意見交換会でツアー造成の意欲や関心を見せるエージェントもあり、イベントなどでの消費者の反応もいい。プロモーション全体を通し、今まで茨城を知らなかった人が、注目してくれるようになった」(幡谷氏)と、大きな手ごたえを感じているという。

茨城県営業戦略部国際観光課課長補佐の菊池克哉氏

デスティネーションキャンペーン(DC) にも期待

2022年度に、過去最大のプロモーションを実施した茨城県。次の目標はもちろん、来県して観光や体験・購入をしてもらうこと。「まずはコロナ前の状況に戻す」(幡谷氏)。

茨城県では、2025年の外国人のべ宿泊者数の目標を、過去最多の2018年(25万4190人)を上回る26万人としている。台湾に限ると、2018年の宿泊者数は3万人、ツアー数は1175本、ツアー人数は約3万3000人だった。「目標値ではないが、この数値が1つの基準になると考えている」(菊池氏)という。

これに向け、2023年度はどのように取り組むのか。

方針は2つ。1つは、前年度設定した「開運茨城」を継続し、台湾でのさらなる認知浸透を図る。「テーマに沿って茨城を楽しむ訴求をし、滞在日数を伸ばしていく。例えば、茨城県は海から昇る朝日が見える。前述した『神磯の鳥居』から日の出を見るなら、茨城での滞在が必要、というように伝えていきたい」(幡谷氏)。

もう1つは、デスティネーションキャンペーン(DC)との連動と、茨城での「体験」の訴求だ。茨城県では2022年から「体験王国いばらき」をキャッチコピーに、日本一の施設数を誇るキャンプ場などのアウトドアや、郷土料理・地酒などの食、新たな旅のスタイルをアピールしている。

JR6社と地域が一体となって推進するDCは、基本的には国内向けのキャンペーンだ。これを茨城県では、訪日観光客にも訴求したい考え。幡谷氏は「茨城の特性は東京に近く、首都圏から電車や車で行きやすい場所にあること。これはインバウンドでも非常に大きなアドバンテージになる。東京に滞在している観光客を引き込んでいきたい」との考えを示す。

茨城デスティネーションキャンペーン「体験王国いばらき」のホームページより。右上にはマルチリンガルタブも

ターゲットは、訪日リピーターの個人旅行者。彼らに対し、数ある茨城の体験のなかから、特に台湾で人気の高い「サイクリング」と「ゴルフ」を打ち出していく。

「茨城県には、『ナショナルサイクルルート』に認定された『つくば霞ヶ浦りんりんロード』があり、専用マップや自転車の貸出ポート、サイクリスト向けホテルなど、受け入れ環境がこの数年で格段に向上している。またゴルフは、ゴルフ場の数はもちろん、トーナメントコースやロッジ併設タイプなど、クオリティとバラエティの豊富さも売り。ゴルフ客は連泊してくれるので、観光消費の拡大が期待できる」(幡谷氏)と意気込む。

交流を双方向に、関心の入り口が「観光と食」

さらに茨城県が重視するのは、台湾との交流が「双方向」であること。「一方的な押し付けではなく、茨城の人々も台湾に関心を持つ。双方向でなければ、うまくいかない。人の往来はもちろん、経済交流も重要」(幡谷氏)と持続的な関係構築を考える。

具体的には、県内デパートでの台湾物産展の開催や、バナナなどの輸入食材を給食に用いて、子供たちが台湾や世界を知るための学習機会とすること。台湾の経済団体の来日時には、県内企業との会談の機会を持つことなどだ。

「トータルでの人や経済交流が、観光や輸出拡大に好影響を与える。こういう関係をずっと続けていきたい。相互に関心を持つ入り口が、観光であり、食なのだと思う」(幡谷氏)と話す。

今後の展開で考えているのは、茨城の観光をシームレスに体験できるようにする仕組み作りだ。二次交通の整備はどの地域でも大きな課題だが、地方ほどスムーズにアクセスできる情報や手段の提供が求められる。「旅行者が自身のモバイルでルート検索からチケット手配、アクティビティ予約などに対応するプラットフォームを作ることができたら」(幡谷氏)と、先を見すえている。

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