旅行テックの国際会議「WiT Japan2025」、「AI」から「BtoB」まで、世界大手OTA、スタートアップのリーダーが見据える新潮流を取材した

旅行と旅行テックの国際会議「WiT Japan & North Asia 2025」が2025年5月下旬に開催された。今年も、グローバルOTAをはじめとするトラベルテックや航空、宿泊施設、データ分析など、世界のオンライン旅行市場をリードするプレイヤーが国内外から集まった。

今年のテーマは「NEXT GENERATION(次世代)」。話題の中心は、やはり、AIだ。テクノロジーで先進する世界のプレイヤーは、AIの何に注目しているのか。新たな価値を生み出すテクノロジーと、その課題を踏まえ、“次世代の旅行ビジネス”を展望する議論が交わされた。

グローバルOTAが見つめるAIとアジア市場のチャンス

WiT Japan 2025の冒頭セッションには、世界大手OTAブッキング・ドットコム(Booking.com)でCXとプラットフォームを統括するエイドリアン・エンギスト氏が登壇。AIが顧客体験(CX)に与える影響や、同社のAI戦略を語った。

Booking.comは、OpenAIのChatGPTと連携した「AI Trip Planner」を展開するほか、OpenAIが進めている旅行検索・予約のAIエージェント「Operator」の開発にも協力している。

エンギスト氏は、タスクを自動化して実行するエージェンティックAIによって、「旅行の計画から予約まで、プラットフォーム上の体験をすべて自動で完結できるようになった」と説明。従来は、CXの向上と効率性は相反する面もあったが、「AIの生産性は組織全体の生産性につながる。CXの改善がプラットフォームの進化にも寄与し、CXに投資を振り抜くことができる」と話した。

また、エンギスト氏はBooking.comがユーザーの意図に沿ったサービス提供を重視しており、そこにも「AIが大きな影響を与える」と発言。キーワード検索でも納得するものを探せるかもしれないが、「ユーザーの本当の意図は、SNSで見た動画にあるかもしれない」とし、インスピレーションの瞬間を予約に結び付けるべく、AIでショート動画を旅程に変換する機能の開発にも取り組んでいることを明かした。

Booking.comでCXとプラットフォームを統括するエイドリアン・エンギスト氏(右)、WiT創設者のイェオ・スーフン氏(左)

動画からの旅程作成・提案は、旅行検索体験の主流になりそうだ。

続いて登壇したエクスペディア(Expedia)のアジア太平洋地区マーケットマネジメント担当副社長であるマイケル・ダイクス氏は、AIを活用し、Instagramのリールから旅程を作成する「Expedia Trip Matching」をローンチしたことを紹介。ダイクス氏は「(旅行マーケットの中心である)Z世代、ミレニアル世代の60%はSNSから、73%はインフルエンサーからインスピレーションを得て旅行の意思決定をしている」と話し、動画対応の重要性を強調した。

また、ダイクス氏はアジアの旅行者が域内旅行を好む「ディープ・アジア」のトレンドにも言及。「アジア内の旅行の約75%がアジア人によるもの」「アジア人の4人のうち3人が、アジアの影響力に誇りを持っている」というデータも紹介した。

さらに、ソースマーケットとしての注目が大きかった中国が、目的地としての存在感を高めていることも指摘。同社の訪中インバウンドの予約のほとんどが東南アジアからの需要だという。進行役のWiT創設者、イェオ・スーフン氏も、ビザの要件緩和を追い風に「中国へのインバウンドは、大きなストーリーになっていく」と展望した。

Expedia アジア太平洋地区マーケットマネジメント担当副社長 マイケル・ダイクス氏

次世代の旅行者をつかみ、規模を広げるアジア発OTA

ディープ・アジアの波に乗り、マーケットを広げているのが、インドネシア拠点のトラベロカ(Traveloka)だ。2012年の創業後、東南アジアを主戦場に、オーストラリア、そして先ごろには日本に本格進出した。

登壇した同社社長のシーザー・インドラ氏は、ディープ・アジアのトレンドに同意。インドラ氏は、日本進出を記念してアジア太平洋地域で実施したキャンペーンについて、日本人の需要獲得だけでなく「日本への旅行でもスパイクがあった。1年前の2倍となった。この多くが、東南アジアからの需要だった」とそのインパクトを説明した。

同社の主戦場である東南アジアは、Z世代やミレニアル世代が海外旅行に頻繁に行き始めた“若い”市場だ。そこで成長してきたインドラ氏は「旅行時の課題解決に注力した」と話した。信頼性や価格の不透明さといった当時のインドネシアの旅行予約の課題に、テクノロジーで効率的に対応してきたという。

そのうえで、若年層の支持を得た理由を「次々と変わる彼らの趣向に、素早く対応したことが鍵」と話した。将来的にはTravelokaのサービスを、旅行計画を裏側で支援するパーソナルな旅行コンシェルジュのような存在を目指すと力を込めた。

Traveloka社長のシーザー・インドラ氏

世界大手トリップドットコム(Trip.com)では、テキストはもちろん音声や画像認識にも対応するAIアシスタント「TripGenie」を実装。旅程作成や現地での行動に合致したレコメンドなどを提供している。先ごろ、14カ国語に対応するライブ翻訳も開始した。今後、動画認識にも対応予定で、AIを活用、旅行の障壁を取り除くサービス展開を加速している。

WiT Japan2025に登壇した同社シニアプロダクトディレクターで、TripGenieの開発責任者であるエイミー・ウェイ氏は、「AIの活用推進やイノベーションを目指しているのではない。マルチモーダルなテクノロジーを使って、ユーザーの困りごとをタイムリーに理解し、瞬間的に助けること」と、Trip.comのAI戦略を話した。

AIが旅行計画から予約まで完結し、旅行に伴う問題を自動で解決できるようになればOTAは必要なくなるのではないか――。AIの進化に伴い、そんな予測もされている。

この問いに対して、ウェイ氏は「やはりアグリゲーションはOTAの仕事。データクリーニングやパーソナライズなど、ユーザーを理解する基盤の仕事が増える」と発言。AIエージェントの予約に対しては「最大の障壁は信頼。旅行予約は、フライトやホテルなどのキャンセル、払い戻しのルールやポリシーがあり、それに対する配慮や注意が必要」との考えも持っている。

さらに、人とAIの役割分担について、ウェイ氏は「反復や時間のかかる作業はAIが、人は複雑な部分を担う」と話し、ヒューマンタッチの重要性を強調。「どんなにAIが進化しても、人との交流をなくしてはならない。テクノロジーは人間の能力を広げ、世界を楽しむ手助けをしてくれるもの」と語った。

Trip.com シニアプロダクトディレクター エイミー・ウェイ氏

日本OTAのAI活用、大手とスタートアップの現在地と見る未来

日本のOTAでの、AI活用はどうか。

今年は、楽天とリクルート、JTBに、旅のサブスクサービス「HafH」を運営する新興のKabuK Style(カブクスタイル)を加えた4社が登壇。この1年での各社のAI活用が共有された。

リクルートは「じゃらん」でAIチャットを導入し、JTBはマーケティングや価格設定の自動化など、内部プロセスでの活用を推進。楽天も自社AIによるコンシェルジュの実証実験を開始するなど、活用の幅と深さが広がっている。

リクルートDivision統括本部SaaS統括領域統括 旅行Division Vice Presidentの大野雅矢氏は「絶対数は限定的だが、AIチャットサービスを利用したユーザーのコンバージョンレートは、それ以外のユーザーと比べると高いことが確認できている」と、AI活用による効果にも言及した。

一方、2019年の創業時からAIを「行動予測」「価格予測」「キャンセル予測」に活用してきたカブクスタイル(KabuK Style) CEOの砂田憲治氏は「この1年で進んだのはマッピングの向上(異なる情報源やシステム間でのデータ連携を可能にする技術)」と話し、精度を約80%まで向上させたことを明かした。

そして、砂田氏は日本の観光産業でDXが進まない一因として、施設によって異なる部屋タイプの名称を紹介。例えば、「ダブルルーム」の客室タイプでも、日本では「山側ダブルルーム」「オーシャンビューダブル」などがある。この状況は「世界的にも特殊」で、マッピングの障壁になっていることを指摘した。

では、AIによって10年後の旅行はどう変わるか。10年後の旅行流通で、OTA以外で存在を増すのはどこか。

旅行体験については、楽天グループ トラベル&モビリティ事業 事業戦略部ジェネラルマネージャーの皆川尚久氏が「一気通貫かつパーソナライズされた世界。インターフェースも、スマホとは全く違うものになる」と話した。JTB Web販売事業部長の岩田淳氏もその流れに同意しながら、「あえてAIを使わず、自分で計画・手配するからこそ出会える偶発的な感動体験への需要もあると思う」とも話した。

10年後、OTA以外で旅行流通を担うのは「AI専業のプレイヤー」(楽天・皆川氏)、「サプライヤーを束ねるプレイヤー」(JTB・岩田氏)などの見解に加え、リクルートの大野氏は「我々OTAの価値も上がる。事業者の経営や業務支援などより深い関係に入り込むことで、存在価値を高めることができる」との考えを示した。

一方、KabuK Styleの砂田氏は、国内大手OTAの展望に対し「10年経っても大きな変化は期待しにくい」と指摘。技術的には実現は可能としつつも、「大量のデータ学習が必要で、スタートアップには共有されにくい」と課題をあげた。業界全体でデータを開放し、よりオープンな環境が整えば、旅行業界はさらなる成長が見込めると提言した。

さらに、旅行流通についても砂田氏は、音楽業界におけるSpotifyのようなストリーミングの台頭を引き合いに、「音楽業界は参考になる。レーベル側も収益を得ている」と指摘。ただ、旅行業界では「商品在庫へのアクセスが難しい」とし、大手OTAや旅行会社が握る現状では、技術が進んでも10年で構図が大きく変わるのは難しいとの見解を示した。

(左から)WiT Japan 共同創設者の柴田啓氏(ベンチャーリパブリックCEO)、楽天グループ の皆川尚久氏、JTBの岩田淳氏、リクルートの大野雅矢氏、カブクスタイルの砂田憲治氏

オンライン旅行業界もBtoBが活況の時代へ

今年のWiT JapanではAI以外にも、様々な“次世代”のオンライン旅行のテーマが取り上げられた。注目したいビジネストレンドの1つが、BtoBの拡大だ。

「次世代への投資」と題したセッションには、リクルートのコーポレート・ディベロップメントの担当者や投資会社、旅行分野に特化したM&Aアドバイザーなどが登壇。投資の資金がBtoBへ向いていることが語られた。パーソナライズなどで複雑化するBtoCに対し、BtoBは技術的にも理解しやすく効率的であるため、BtoCで台頭した大手プレイヤーはもちろん、新規参入も増えている。

セッション「次世代への投資」には、進行役のアゴダ副社長のティモシー・ヒューズ氏のほか、自然キャピタルのマシュー・ロメイン氏、エネア・キャピタル・パートナーズのヤン・フレデリック・バレンティン氏、リクルートの平栗瑞穂氏らが登壇

価格凍結で一気に消費者の支持を得たホッパー(Hopper)も、グローバル戦略では同社のBtoB事業「Hopper Technology Solutions(HTS)」を中核として位置付けている。旅行予約を含むプラットフォームやソリューションの提供で、Hopperの全収益の7割を占めていることが明かされた。

同セッションには、HTSのほか、アジアと欧米豪で展開する中国発の「Dida」や、インドネシア拠点の宿泊流通プラットフォーム「MG Group」、さらに日本から宿泊施設向けソリューションを主軸に、BtoBにも熱視線を向けるトリプラ(Tripla)も登壇。オンライン旅行におけるBtoB市場の活況を印象付けた。

Tripla代表取締役CEOの高橋和久氏は、アジアのチャネルマネージャー企業を取得後、連携する海外ローカルOTAと宿泊施設の接続を可能とする「Tripla Link」の提供を開始したことで、BtoBサービスを考える機会を得たという。

高橋氏は「現行のホテル流通契約は、透明性に課題があり、それがマーケティングの阻害要因になっている」と指摘。「どのOTAが送客しているか、より透明性を保つBtoBサービスを考えたい」と話し、同社がBtoBサービスを検討していることも明かした。

(左から)WiTのイェオ・スーフン氏、Dida CSOのエリック・チャン氏、MGグループCEOのブレット・ヘンリー氏、HTS副社長、アジア&中東のラファエル・ランファン氏、Triplaの高橋和久氏

みんなのVOICEこの記事を読んで思った意見や感想を書いてください。

観光産業ニュース「トラベルボイス」編集部から届く

一歩先の未来がみえるメルマガ「今日のヘッドライン」 、もうご登録済みですよね?

もし未だ登録していないなら…