
ウェルネスツーリズムは海外では定着している用語だが、日本でもようやく広まりつつある。これまでは、リトリート型のヨガ体験や高級スパ滞在が中心だったが、近年ではより自然と一体化した本質的な癒しを求める旅行者が増えている。
その本質的な癒やしを考えるうえで、オーストラリア・タスマニア島の「自然と共鳴するサウナ体験」は好事例といえる。タスマニア州内で高評価を得ている二つのサウナ施設、海上に浮かぶ「Kuuma(クーマ)」と湖畔に佇む「Floating Sauna Lake Derby(フローティング・サウナ・レイク・ダービー)」を紹介しながら、地域資源とウェルネスが融合する新たな観光の可能性を探る。
タスマニア南部の木造サウナ船「Kuuma」
タスマニア州南部、ホバート郊外のノースウエスト湾に浮かぶ木造サウナ船「Kuuma(クーマ)」は、2024年に誕生したユニークな移動式ウェルネス施設だ。デッキに立てば、眼前には静かな湾が広がり、霧が流れたり、陽光が差し込んだりと、その一瞬一瞬が“自然を浴びる”体験となる。
創業者で経営責任者であるネイサン・ゴア氏は、「北欧ではサウナ船が一般的ですが、ここタスマニアも冷たい海水と澄んだ空気、そして季節ごとに表情を変える自然が揃っています。むしろ、サウナ文化を根付かせるには最適の地だと感じています」と語る。
出航後、約25分のクルーズを経てノースウエストベイ湾内に停泊。そこから90分間のセッションが始まる。薪で焚くノルディックスタイルのサウナは、室内がしっかりと乾燥し、心地よい熱気が体を包む。汗をかいた後は、デッキから直接海へ飛び込める。
「水が冷たいから入らないと言う人も、結局、ほとんど飛び込みます。冷たさの中に驚くほどの爽快感があるからです」とゴア氏は語る。
とはいえ、必ずしも海に飛び込む必要もなく、船上に用意された真水のバケツシャワーでクールダウンすることもできる。
船上に用意された真水のバケツシャワーでクールダウン
利用時間は90分間(クルーズ含む)で、料金は1名80豪ドル。定員は最大8名で、3時間の貸切りも可能だ。当初は貸切予約が多かったものの、現在は8割が他の旅行者とシェア利用となっており、旅先での交流を楽しむ観光客が増えているという。オーストラリアでは、まだ一般的とはいえないサウナ文化だが、Kuumaの存在はその認識を変えつつある。
「サウナはもともと社交の場。旅の途中で見知らぬ人と感覚を共有できるのが、この船ならではの魅力です」とネイサン氏。
水上サウナ施設 創業者のネイサン・ゴア氏
湖と森に抱かれる、ダービー湖畔の静寂なサウナ
タスマニア北東部の山間にある小さな町ダービーでは、別の種類の“静けさ”が広がっている。マウンテンバイクの名所として知られるこの町で、湖畔に設置された「Floating Sauna Lake Derby(フローティングサウナ・レイク・ダービー)」は、湖上に固定された木造サウナで、薪の香りと木の温もりが利用者を迎える。
このサウナは、文字通り湖に浮かびながらも固定され、波の音もほとんど聞こえないほどに静か。60分のサウナ体験に加え、前後15分ずつ準備と余韻の時間が確保されている。サウナでじっくりと汗を流した後、隣接する桟橋から淡水湖に飛び込む。その一連のサイクルで、薪の香りと、目の前に広がるユーカリの森、湖面に映る空の色が、五感を満たしていく。
料金は人数に応じて変動し、2名90豪ドル、4名180豪ドル。定員は最大6名で、レイク・ダービーはすべてプライベート予約のみ受け付けている。
ダービー湖畔のサウナ「Floating Sauna Lake Derby」
タスマニアが示す「地域資源×ウェルネス」の未来
豊かな水資源、冷涼な気候、そして自然への敬意。タスマニアは、ウェルネスツーリズムにおいて稀有なポテンシャルを秘めている。KuumaとFloating Sauna Lake Derbyは、その地力を活かし、地域ならではの魅力を体験価値へと転換している好例だ。
北欧文化の単なる輸入ではなく、地域の自然と融合した独自の解釈。その姿勢が、世界の観光関係者にとっても学ぶべき点となるだろう。
ウェルネスツーリズムは、心身の回復だけでなく、自然や文化と再接続を促す旅でもある。タスマニアのサウナ体験は、その意味を改めて気づかせてくれる。
今回のタスマニアの事例から、世界的なウェルネスツーリズムの潮流を考えると、今後はサウナ体験のように「自然環境と地域文化を融合させた、体験価値の高い小規模拠点」が各地で増える可能性が高い。単にラグジュアリーな施設を提供するだけではなく、地域コミュニティと結びつく動きが顕著になるだろう。
さらに、デジタルツールを活用した「セルフケアの可視化」も新たなカギとなる。心拍数や睡眠、ストレス指標などをリアルタイムで計測し、体験の成果を実感できるデジタルツールが、各地のサウナや温泉、アクティビティに導入されつつある。
ウェルネスツーリズムは、世界的にこれからも進化していく。世界の最新動向には目を向けておきたい。
取材協力 オーストラリア政府観光局、タスマニア州政府観光局
取材、執筆 トラベルボイス 鶴本浩司