アパホテルのインバウンド戦略とは? 元也社長が語った、都心集中の出店とブランド多層化、北米へのブランド拡大  ―THE INBOUND DAY 2025

国内大手ホテルチェーンのアパグループは、インバウンド需要の拡大を見据え、都市集中型の出店、北米を軸とする海外展開、宿泊体験の多様化を成長戦略の柱に据えている。都内で開かれたmov主催のインバウンド会議「THE INBOUND DAY 2025」で登壇した同社の元谷一志社長兼CEOは「アパグループのインバウンド戦略」について講演。「訪日客は日本経済の活力の源泉」と述べ、人口減少社会におけるインバウンドの重要性を強調した。

国内ネットワーク拡大、2027年に15万室へ

1971年創業のアパグループは、1984年にホテル事業に参入。高機能かつコンパクトな客室設計を武器に急成長した。2015年に337ホテル、5万4702室だったグループの客室数は、コロナ禍前に10万室を突破。2025年8月には直営・フランチャイズ・提携を合わせて1000棟目となるホテルを開業し、総客室数は国内最多の13万8858室に達した。2027年3月末までに15万室体制を目指している。

収益面でも拡大が続く。コロナ禍には売上が約3割減少したものの、2024年11月期の連結売上高は2260億円、経常利益796億円と2期連続で過去最高を更新。不動産業からスタートした強みを生かし、ホテルの所有・運営・ブランドを一体展開する独自の「三層の収益構造」で利益率35%超を確保している。

都心集中の出店とブランド多層化

元谷氏は、日本の人口が2070年に9000万人を割り込み、高齢化率が4割近くに達するとの試算をあげ、「インバウンドは国内人口を補う存在」と指摘。特に、遠距離からの訪日客は消費額が大きく、経済効果も高いと述べた。

同社は、日本の観光立国を見据えた出店戦略として、2010年から中期5カ年計画「SUMMIT5(頂上戦略)」を展開し、東京・千代田、中央、港の都心3区で集中的に出店。これが訪日客が集まる首都圏での需要増と合致することになった。2010年時点で3区内のホテルは2ホテル、416室にすぎなかったが、現在は38ホテル、8260室へ拡大している。

さらに今年6月には「The B」ブランドを展開するイシン・ホテルズ・グループ(17棟、2643室)を完全子会社化。全国ネットワークを維持しつつ、地方単独直営店をフランチャイズ化・売却し、得た資金を都市部に投入する「選択と集中」を進めている。

海外では2016年に北米の「コーストホテルズ」を買収。北米展開を選んだのは「ブランド格上げ」が狙い。カナダ西部と米シアトルを拠点に南下戦略を描き、「タイムゾーンを合わせた運営」で効率化を図り、今後は豪州東海岸も視野に入れる。アパ(A)、The B(B)、コースト(C)による「ABC包囲網」で顧客層を広げ、複数ブランドを使い分けることでカニバリゼーションを避けつつ、世界第19位の客室ネットワーク規模をさらに押し上げる構えだ。

アパグループのインバウンド戦略について語る元谷社長兼CEO

インバウンド客と「1ホテル1イノベーション」

アパホテルの訪日客は欧米豪比率が高いため、予約から宿泊までのリードタイムが長く、高単価・長期滞在が多い。これにより、国内需要とあわせて事業の安定化に寄与している。また、元谷氏は「リピーターは東京、京都、富士山、大阪の黄金ルートだけでなく、札幌、仙台、広島、福岡など地方中核都市にも流れる。全国ネットワークを生かしリピーター需要を取り込む」と説明した。宿泊客に占める訪日客の割合は年々増加し、2024年には約35%に達したという。

同社は「Even Better(さらによりよく)」をスローガンに、新規開業ごとに新機能を導入する「1ホテル1イノベーション」を実施。大型スーツケース対応のベッド下収納、体格の大きな客対応の客室チェア、全照明を一括消灯できる「おやすみスイッチ」、ユニバーサルコンセント、9カ国語対応の空調リモコンなどを展開している。体格の大きい訪日客の増加に伴い、客室チェアの破損が増えたため、耐荷重を160キロから240キロへ強化したという。

さらに「アパホテル&リゾート」ブランドでは、プールや大浴場、レストランを備え、都市にいながらリゾート体験を提供。両国や大阪梅田の大型物件では、夜景や花火を眺めながら利用できるプールやレストランがインバウンド客に人気で、高単価需要の取り込みに寄与している。既存店も順次改装を進め、耐震化と並行して「おやすみスイッチ」など新機能を追加し競争力を維持している。また、将棋の叡王戦を開催しているアパリゾート佳水郷では、庭園に将棋の駒をあしらうなど将棋をテーマにした演出がインバウンド客に好評だという。

日本型サービス品質の輸出

ホテル業界で大手・外資系の寡占が進む中、同社は日本特有の「高機能化」と「小型化」を強みとする。限られた空間を快適に使い切る設計思想や「もったいない精神」は海外市場でも競争力が高い。カナダのコーストホテルには可動式シャワーを導入し、国内傘下の旅館にも「おやすみスイッチ」を展開するなど、日本流の利便性と細やかなサービスを水平展開している。元谷氏は経営哲学として「シンク・グローバリー、アウト・ローカリー」(着眼大局、着手小局)を掲げ、「1日3初見」(毎日3つの新しい経験をする)を従業員に奨励し、常に新しいアイデアを生み出す組織文化を育てているという。

最後に元谷氏は、「日本のホテルはハード・ソフト両面で世界最高水準。海外展開によってブランド価値を高め、訪日客誘致につなげたい。日本にはまだ眠る観光資源が多く、訪日需要は人口減少に抗う力になる。行政と民間が連携すれば、成長の余地は大きい」と展望を語った。

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