日本旅館協会トップに聞いてきた、百花繚乱の宿泊業界で「旅館」が目指すべき持続可能な経営とは?

世界的な観光ブームとテクノロジーの進展で、この数十年で盛大な活況を見せる宿泊業界。しかし、ライフスタイルや流通など、マーケットを取り巻く環境変化も著しい。宿泊業界にはチャンスが訪れているようにみえるが、日本旅館協会会長の北原茂樹氏は「2025年大阪万博後の先が全く見えないマーケットになっている」と慎重な見方を示す。世界に誇る独自の宿泊施設「旅館」からは今の時代をどのように見ているのか。北原氏が宿泊業界、観光産業に投げかけることとは?

旅館の置かれている現状

長らく減少が続いていた宿泊施設(旅館業法下のホテル、旅館、簡易宿所、下宿)の数は、業法改正の動きのあった2016年度に増加に転じた。京都では簡易宿所を中心に2017年度には約2000軒、2018年度には約3000軒と急増。宿泊特化型ホテルや進化系といわれるホステル、1泊5万円などの設定も珍しくない一棟貸しなどの簡易宿所が大都市のみならず中核都市にも誕生し、宿泊施設のタイプも百花繚乱の様相を呈している。

ただし、旅館の数は減少し続けている。なぜ旅館は厳しい状況にあるのか。北原氏はその理由の一つに、販売基盤が欧米発のマーケティング理論にシフトしたことを説明する。

客室残室を翌日に繰り越せない宿泊施設は、客室が埋まらない場合に安売りを行なってしまいがちだ。これはいつの時代にもあったことだが、北原氏は昨今の傾向として「オンライン化とともに欧米由来のレベニューマネジメントが普及した上、技術的に料金の即時変更も可能になり、ダンピング合戦が加速している」と指摘。「価格変動は消費者にとっては悪いことばかりではない」と認識しつつも、欧米発祥のホテル等とはビジネスの根幹が異なる旅館は思うように稼働率を上げられず、苦戦を強いられている。

また、販売環境では、国内の旅行会社からOTAの送客が主流になり、販売手数料が上昇。これが、日本の文化でもある1泊2食付の宿泊で価格を設定する旅館の経営を圧迫している。OTAの高い手数料率の要因について北原氏は、「OTAの販売手数料には、オンライン流通における“GAFA”などの巨大プラットフォーマーに支払う販売高に応じた定率の広告料が含まれるので相当な料率になる」と説明。今後は欧米系だけでなく、アリババやテンセント、バイドゥなど、中国の巨大マーケットを基盤とするプラットフォーマーも加わるとし、高騰する販売手数料への対応は、大きな課題の一つになると見ている。

いまこそ過去に学ぶとき

とはいえ、宿泊業全体でみれば、前述の通り新規開業が活況。そのため、東京五輪に向けた建設ラッシュで大都市圏では土地・不動産の価格が上がり、東京や大阪、京都では、「ミニバブルのような状況にもなっている」と北原氏は言う。

ここで北原氏は、宿泊業界が辿った過去の反省を口にした。バブルといえばその当時、宿泊業界では地方部を含め施設の大型化など、拡大志向の積極経営をしていた。利益を設備投資に回して施設を刷新する。これを繰り返して宿の魅力を維持・向上させていく旅館では、多くの経営者が「次の代には借金を残さないように」との思いを持っているが、資金調達の交渉時に銀行から多額の融資を提案されると、「ビジネスの将来性を評価されたと思い、言われるがままになってしまった」。その結果、バブル終焉時にダンピングが起こり、宿泊客が来るほど赤字に陥って、大型倒産になったのだ。

「我々は以前の経験があるから、いまの世代の経営者も目先の利益を追って極端な投資や借金をしてはいけないことを理解している」と北原氏。しかし、いま新規開業が盛んなのは、インバウンド需要をターゲットとする異業種参入組が多い。ファンドや一般投資家などいろいろなルートで観光分野への出資も増えていることから、過去と同様の流れで陥る苦境の再来を危惧している。

すでに建設コストも高騰しており、人手不足による人件費高騰も加わって、総費用が事業計画時の予算をオーバーするようになってきた。コスト増に耐えられず、新規施設を居ぬきで売却するという動きもあるという。

北原氏は「企業は絶えず存続しないといけない。20年、30年先を見据えた慎重経営が重要。いまでいう持続可能な経営、本来の姿に立ち返らなければならない時」との思いを強くしている。

日本旅館協会会長の北原茂樹氏

テクノロジーを取り込みながら「人のおもてなし」

いま日本旅館協会では、IT委員会や電子決済委員会などで30代、40代の若手経営者を中心に、IT環境の変化や将来の勉強を進めている。「様々なアイディアが出され、旅館の売り方でも新たなビジネスモデルがでてくるだろう」と、持続可能な経営を念頭にした変化への取り組みに期待する。

ただし、「テクノロジーで便利なものが次々と登場するのは良い面も多くあるが、やはりサービスの主体は人に接するところにある」と北原氏は力を込める。

予約対応や観光情報をチャットボットやAIが行なうサービスも生まれ、その対応範囲は人1人よりも豊富かもしれない。しかし、北原氏は「宿に到着後、夕食までの過ごし方を女将や仲居に聞き、その感想を夕食時などに話す。そういう触れ合いが心に残る体験になるし、それが旅だ」との思いが強い。人前に出て宿泊客と顔をあわせて話し、何を考えているのかを察知する。「そういう力を養うことが、経営者にも従業員にも必要。より快適で便利で安心できる施設で、かつ、従業員の対応も丁寧というおもてなしを持続しないといけない」。

未来に向けた諸課題の一つが、人手不足。その解消策の1つとして今年4月に新設された外国人材受け入れの在留資格「特定技能」だが、今年9月末時点の受入人数は宿泊業でわずか6人、対象14業種全体でも219人で「それだけ難しさを物語っている」と北原氏。しかし、「日本人と外国人の従業員と協力して宿を盛り上げていく。本格稼働すればすごく意義のある社会ができる」と、人手不足の観点だけではなく、地域の多様化社会の基点となる宿の役割にも目を向ける。

「我々は、こういう旅館の意義を大切にしている。目的を持って宿泊業をしている人たちが意見を交わしあう場を提供し、業界を取り巻く規制、法律については必要に応じて改正を要求したり、できる限り地域住民も観光客も共にストレスのない観光まちづくりを推進していく。そういう活動を推進する組織であろうと思っている」。

聞き手:トラベルボイス編集長 山岡薫

記事:山田紀子

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