長野県観光機構が推進するデータ重視のマーケティングを聞いてきた、持続可能な観光や関係人口創出から、2022年春に起きる出来事まで

広域連携DMO(観光地域づくり法人)として活動する長野県観光機構は、ポストコロナを見据えて、データ重視のマーケティング活動を本格的に始めた。2021年度事業計画では、旅行者に関するさまざまなデータを効率的に収集、分析、活用するため「データプラットフォーム事業」の構築を盛り込んだ。一方で、持続可能な観光を目指して、エアビーアンドビー(Airbnb)と提携するなど、関係人口の創出にも力を入れている。県内の観光事業者、観光協会、市町村など多くの会員を持つ広域連携DMOとして果たす役割など担当者に聞いてきた。

ゼロパーティデータで精度の高いマーケティング

長野県の面積は全国4位、市町村の数は77で全国2位。長野県観光機構はその広いエリアの観光政策を担い、単体では力の弱い市町村をまとめ、県単位で国内・インバウンドの誘客を進めている。そのなかで重視しているのがデータの収集と分析だ。同機構デジタルマーケティング部部長の矢沢哲也氏は「県内の観光事業者や市町村は、同じマーケットに訴求しているにもかかわらず、そのアプローチはバラバラ」と課題を指摘したうえで、県としての統一した戦略を進めるためにはデータの共有化と見える化が必須と強調する。

そこで注目したのが、個人がある広告主に対して意図的に共有するゼロパーティデータの収集と分析。欧州ではGDPR(EU一般データ保護規則)が施行され、サードパーティのCookie規制が強まるなど、オンライン上での個人情報の保護が強化されているなかで生まれた新しいマーケティング手法だ。

これまで、長野県でもインバウンド旅行者に対する直接調査として、街角アンケートなど「素手」で満足度を調べてきたが、「それは、その日だけのポイントデータであって、それだけでエリア全体を把握するのには無理がある」と矢沢氏。そこをデジタルによるダイレクトなアンケートに置き換えて、網羅的かつ体系的な市場動向の把握につなげようとしている。

たとえば、利用者の属性などの把握を望む宿泊施設や交通事業者にQRコードを設置し、なにかしらのインセンティブを付与することで直接アンケートに答えてもらい、生の情報を取得する仕組みを構築する計画を進めている。

「そこからのゼロパーティデータと、サイトなどからのサードパーティのデータを組み合わせて、ワンストップでダッシュボード化し、関係者と共有していく」(矢沢氏)。それが長野県観光機構が進めるデータプラットフォーム事業だ。サードパーティからのデータだけでは説得力に欠けるが、旅行者の主体的で積極的なゼロパーティデータを加えることで、戦略策定やプロモーション展開などで「地域の人たちの納得感も高まる」との考えだ。

長野県観光機構では、ゼロパーティデータの運営・管理に向けて公募を実施。北欧のスタートアップ企業のソリューション導入を決めた。 現在インバウンド市場が消滅しているなか、日本での情報収集は困難だが、グローバルなデータ収集力にも期待をかけているという。

長野県観光機構の矢沢氏持続可能な観光に向けて、「共感」で関係人口を創出

一方、持続可能な観光を目指し、デジタルマーケティングを活用した関係人口の創出にも積極的に取り組む。そのひとつが動画配信。今年3月から「Go NAGANO Official Channel」で県内の「人」にフォーカスした「ヒトタビトーク」のライブ配信を始めた。矢沢氏は「『ここに来てください』と場所をアピールするのではなく。『この人に会いに行きたい』という共感を持ってもらうことが、旅の十分な動機になりうる」と、この企画を立ち上げた背景を明かす。場所ではなく、人を訪ねる。その人を訪ねたら、そこがたまたま〇〇町だったという、これまでの旅先の決め方とは逆の発想だ。


ミレニアル世代以降のいわゆるデジタルネイティブ世代は、オンラインでつながることは非常に上手。しかし、「実はリアルに会うことも非常に求めている。県内の地域を見ているとそれがよく分かる」と矢沢氏。そのような若者を呼び込み、地域のファンになってもらうことが持続的な観光につながると考える。

地域に関わりを持つようになった若者が、将来ライフステージが変ったとき、その家族もその地域に関わりを持つようになる。スキーブームのときに長野県のスキー場を訪れていた世代が、子供を連れて再びその場所を訪れるように。

ヒトタビトークについては、今後オフラインでのイベント化も検討しているという。矢沢氏は「地域と地域の課題に関心のある人たちとの接点の場をつくれれば」と今後を見据える。

このほか、関係人口の創出に向けては、昨年7月に設立されたサブスクリプション型キャンプ場ネットワーク「南信州CAMP Session」とも連携している。これは、定額制で南信州8つのキャンプ場が平日に使い放題になる「Camp Lifer」というサービス。長野県観光機構は、構想段階から支援を行ってきた。

本格的なサービス開始にあたって昨年9月~11月にかけて実施したモニタリング事業には45人が参加。南信州CAMP Sessionが行った調査によると、1回のキャンプ泊数で最も多いのは1泊(61%)だったが、期間中の合計泊数では、5泊が9人と最も多く、最長は28泊(1人)。サブスクリプション効果が表れる結果となった。

また、利用目的では、レジャーが大部分だが、約4分の1はワーケーションで利用していることも分かった。

矢沢氏は「平日需要の喚起だけでなく、南信州のファンになってもらい、リピートしてもらうことで、地域と関係性を持ってもらいたい」と話す。長野県観光機構では、「地域内を点ではなく面で捉えるサービス」として、関係人口の創出だけでなく、サステナブルな循環型経済の観点からも意義深い取り組みと位置づけている。


2022年春に起きる、コロナがもたらした前代未聞の出来事

2022年、長野県では前代未聞の出来事が起こる。

2021年春に予定されていた7年に一度の「善光寺前立本尊御開帳」がコロナ禍の影響で1年延期され、2022年4月3日~5月29日での実施になったことで、来春には同じく7年に一度、寅と申の年に行われる諏訪大社の「御柱祭」(4月~6月)と重なることになる。さらに、同じく7年一度の飯田市の「お練りまつり」(3月)、これも7年に一度の安曇野市穂高神社の「式年遷宮」(5月)も開催される。

コロナ禍によって生まれた偶然だが、長野県観光機構事業統括本部長の小山浩一氏は「来年は全国で長野県の関心が高まる。これをきっかけに国内旅行市場の活性化につなげたい」と意気込む。

長野県観光機構の小山氏長野県の観光産業もコロナ禍で大きなダメージを受けているが、それ以前も台風被害、少雪によるスキー場の苦境などで厳しい状況が続いてきた。また、3大都市圏からのアクセスのよさも長野県にとっては諸刃の剣。小山氏は「交通アクセスがよくなっていることから、日帰りが増え、地域にお金が落ちる機会が減っている」と課題を話す。

そのなかで、来春は大祭が重なることで、「リピーターあるいは周遊の機会も増えるのではないか」と期待は大きい。長野県観光機構としては、持続的な関係性の創出とは別軸として、来年のイベント誘客にも力を入れていく方針だ。

一方、インバウンド市場では、復活に向けて「中山道」と「Japan Alps」をフックにブランディングを進めていく。テーマは中山道が歴史、文化、自然、Japan Alpsがアクティビティ。「市場が止まっている今、コンテンツもしっかりとこの2つに集約し、そこから周辺エリアに回遊させていく戦略を立てる」(矢沢氏)。

ポストコロナでの持続可能な観光に向けて、広域連携DMOとしての役割は大きい。

取材・記事 : トラベルジャーナリスト 山田友樹

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