ANAが本気で取り組む「2050年CO2排出量実質ゼロ」、今春は転機に、持続可能な航空燃料(SAF)の現在と未来を取材した

航空業界でも進む脱炭素化。欧米の航空会社が環境対策で野心的な活動を進めているなか、ANAも2021年4月に「中長期環境目標」を刷新し、2050年度までに航空機の運航によるCO2排出量を実質ゼロを掲げた。目標達成に向けて中核となる取り組みが、持続可能な航空燃料(SAF:Sustainable Aviation Fuel)の導入だ。ESG経営の観点からも避けて通れないテーマになっている。その長期戦略のなかで、ANAの現在地と描くSAFの未来図とは?担当者に深掘りしてみた。

SAFの現状は? 課題は調達価格とサプライチェーン

SAFは、従来の石油由来のジェット燃料と異なり、藻類や廃食油、一般ごみなどを原料とする代替燃料。現状、生産も、流通も、利用も極めて限定的だ。持続可能な開発を目指す航空業界の連合体ATAG (Air Transportation Action Group)によると、2020年のSAFの流通量は航空燃料全体のわずか0.03%に過ぎない。今後の予想についても、標準シナリオで2025年で1%、2030年で2.5%にしか増えず、最高シナリオでも2030年で6.5%だ。

国際航空運送協会(IATA)も掲げる2050年の実質ゼロ・エミッションを達成するためには、世界で5億5000万キロリットルのSAFが必要になるが、現状の流通は10万キロリットにとどまっている。

航空事業でのネットゼロ化に向けては、低燃費航空機などの技術進歩、航空会社による運航効率の改善、排出権購入などがあるが、そのなかでもSAFが中心的な役割を果たすとみられている。ATAGによると、その貢献度は全体の71%とずば抜けて大きい。その背景から、同社調達部エネルギーチーム・マネージャーの吉川浩平氏は「各航空会社がSAF獲得競争でしのぎを削っている」と現状を説明する。

SAFの生産には、石油メジャーなどが乗り出しているほか、世界ではさまざまなスタートアップ企業も参入している。日本でも、新エネルギー産業技術総合開発機構(NEDO)の事業で、IHIが微細藻類が生成する藻油からSAFを製造する技術を確立し、ANAも2021年6月に国内線定期便でそのSAFを利用した商業フライトを実施した。また、ANAは東芝などともに環境省の事業として、二酸化炭素を一酸化炭素に転換するCO2電解技術を用いた、炭素循環型SAFの製造の検討を始めた。

しかし、日本ではまだ研究・実証段階のものが多く、具体的な生産計画は見えてこない。さらに、欧米を中心に流通しているSAFも「従来の化石燃料と比較すると数倍高い」(吉川氏)。生産量が増えれば、将来的には価格も下がっていくと見られるが、現状、価格はSAF調達の大きなの課題だ。

そのうえに、生産から流通までのサプライチェーンの構築という課題が立ちはだかる。日本のみならずアジアでも、SAFが給油できる空港は現在のところ成田と羽田に限られている。就航先の空港でSAFの給油ができなければ、SAFの商業フライトは広がらない。

「SAFは、口を開けて待っていても入れてくれない。航空会社が意思を持って、サプライチェーンにまで入り込まなければ確保できない」と吉川氏。国際線の場合、ハブ空港にSAFを給油できる体制を構築しておかなければ、将来的に競争力が下がってしまう恐れがあると危機感を抱く。

SAFの現状について説明する吉川氏ANAの本気度を示す「SAF Flight Initiative」

ユナイテッド航空が、2016年3月に世界で初めてロサンゼルス/サンフランシスコ線でSAFを利用した定期便を運航した。「その頃からSAFの取り組みの風向きが変わった」(吉川氏)。吉川氏も2年ほど前から調達部でSAF専任に。ANAは2020年10月にフィランドのNESTEとSAF調達に関する戦略的提携を締結し、11月には羽田/ヒューストン線でSAF活用の定期便運航を開始した。ANAが主に使用しているSAFは廃食油・動植物油脂が原料だ。

さらに、自社によるCO2削減の取り組み(Scope1,Scope2)に加えて、上流である調達物流から下流の出荷郵送、保管、販売まで(Scope3)を含めた取り組みを加速させていくために、2021年10月にバリューチェーンにおけるCO2排出量削減に向けてパートナーと共同で取り組むプログラム「SAF Flight Initiative」を立ち上げた。

その目的について、同社企画室企画部事業推進チーム航空政策・ESG担当の乾元英氏は「パートナーに対して新しい価値を提供していくとともに、製造元に対してはSAFのニーズを可視化することで、生産量を増やしてもらう」と話す。

このイニシアティブは、企業の出張によるCO2排出削減を目指す「コーポレート・プログラム」とバリューチェーンでの輸送・配送でのCO2排出削減を促す「カーゴ・プログラム」に分かれる。前者については現状コロナ禍の影響で出張が大幅に減少していることから、まずは後者から先行。第一弾として、2021年9月に「近鉄エクスプレス」「日本通運」「郵船ロジスティックス」とSAFを活用した貨物便を成田/フランクフルト線で運航し、3社には第三者機関の認証を受けたCO2削減証書を発行した。

乾氏は「この取り組みの反響は大きかった。日本だけでなくアジアのフォワーダーからも問い合わせを受けた」と手応えを示す。欧米では同様のプログラムを展開している航空会社は多いが、アジアでは現在のところANAだけ。「今後、アジアにも広げていきたい」と意欲を示す。

2021年9月に3社とSAF貨物便を運航(報道資料より)今年春がSAF普及のターニングポイントに

乾氏は、今年春、日本でも「潮目が変わる」と見ている。2022年4月には、プライム市場上場会社約500社を対象に、TCFD(気候関連財務情報開示タスクフォース)の情報開示の基準に照らして、コーポレートガバナス・コードが改訂され、TCFDの要求を満たすように情報開示をしていくことが求められる。これまでは、脱炭素の取り組みはCSRとしてのPR活動が中心だったが、さらに踏み込んだ対応が必要になることから、環境対策に真剣に取り組んでいる会社とそうでない会社が明確に分かるようになる。

義務化ではないが、「グローバル企業は意識せざるを得ない。取り組んでいるかどうかが商取引の条件になりつつある」と乾氏。航空のバリューチェーンでも、脱炭素化に向けた動きがより具体的かつ積極的になると見られることから、SAFの理解と普及が加速すると期待は大きい。

さらに、国土交通省航空局でも2022年度の概算要求で、航空分野のグリーン施策の推進のひとつとして「SAFの導入促進」を掲げるなど、国の政策もさらに一段ギアが上がる。

一方、ANAは消費者向けの認知度向上も進めていく考えだ。昨年、JALと共同で、SAFの認知拡大と理解促進を目的としたレポート「2050年航空輸送におけるCO2排出実質ゼロへ向けて」を策定。SAFの量産と活用について、幅広く発信していくことを決めた。

また、観光分野でもサステナビリティがキーワードになっていることから、旅行商品の造成でも「何かしらの協業はできるのではないか」(乾氏)と先を見据える。

SAFの可能性について語る乾氏国内生産基盤の整備で「エネルギー輸出大国」に

SAF以外にも、電気、水素などさまざまな代替エネルギーの航空機の開発が進んでいるが、空港施設など地上インフラの整備などを考えると、ネットワーク航空会社にとって現実的ではない。

現状、SAFのCO2削減効果は、製造段階から消費までのライフサイクル全体で80%と推計されている。地下から掘り出す石油とは異なり、SAFはすでに地上にあるものを循環させる。吉川氏は「製造工程を代替エネルギーで賄えれば、究極的にはCO2排出量は100%オフセットされることになる。これこそがサーキュラーエコノミー」と期待をかける。

一方、乾氏はSAFは「経済安全保障」だと指摘。「化石燃料がなくなっていくなか、日本は安定的にSAFを調達する必要がある。日本の競争力を中長期的に担保していくためにも、ANAだけでなく、産業全体の取り組みが必要ではないか」との考えを示した。

日本でクリーンなエネルギーを量産し、日本国内だけでなく、アジアへも安定的に供給できれば、「日本はエネルギー輸出大国になりうる」(乾氏)。SAFは将来的に、アジアの脱炭素化に貢献するだけでなく、日本の経済成長を下支えする基盤にもなる可能性がある。CO2排出量実質ゼロへの道のりは長いが、SAFの戦略的価値は大きい。

取材・記事:トラベルボイス編集部 山岡薫、トラベルジャーナリスト 山田友樹

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