宿泊の「権利」売買で一世風靡したキャンセル社、事業停止までの顛末と、キャンセル料のあるべき姿を創業者に聞いてみた

「Cansell (キャンセル)」は、宿泊の権利を個人間で売買するマーケットプレイスとして2016年9月にサービスを開始した。旅行者個人が宿泊できなくなった際、「予約」をキャンセルする代わりに、自分が持っている予約の権利をマーケットプレイスに出品。予約の売買が成立すればキャンセル料を回避できるうえに販売手数料が入るというビジネスモデルで注目された。

しかし、創業から3年。順調にビジネスを拡大している途上で、コロナ禍に襲われ、宿泊需要が大幅に減退。事業が行き詰まり、2022年3月にサービスを終了した。コロナ禍に振り回されたスタートアップが、廃業を決めた顛末を創業者の山下恭平氏に聞いてみた。

先が読めず、環境の変化に翻弄された2年

キャンセルは、2022年3月15日に破産手続きを開始し、3月18日をもってすべてのサービスをクローズした。負債総額は新型コロナウイルス関連の借入金を中心に約1億円にのぼる。山下氏は「スタートアップとしてチャンスをもらい、いろいろな経験ができました。僕にとっては、いろいろな糧となったと思います」とこの2年間を振り返る。

日本がコロナ禍に直面する直前の2020年3月は、東京五輪も控え、「実は過去最高に忙しかった」と明かす。しかし、同年3月24日に政府は五輪の1年延期を決定。感染者も増加し、宿泊需要の風向きも変わり始めた。それでも、五輪の延期が決まった段階では、出品があった。宿泊需要がゼロになることはないため、買い手がまったくいないわけではなく、一定のニーズはあった。そして、3月があまりにも忙しかったために「宿泊業界と比べて対応が1ヶ月ほど遅れてしまった」。

「当初、影響は続いても半年、長くても1年くらいだろうと思っていましたが、4月に入ると『これは本当にヤバいんじないか』と思うようになりました」と山下氏。5月の段階で、最悪の事態を考えるようになったという。会社の人員整理にも手をつけざるを得なかった。社員には「これから苦しいこともあるが、それを分かったうえで残ってくれ」と伝えた。出口が見えないなか、自ら会社を去っていく社員もあり、人員は半分以下になった。

その後、2020年7月に「GoToトラベル」が開始されると、宿泊需要があがり、「『大丈夫じゃないか』と楽観視していたところはあります」と明かす。

2020年10月には、コロナ後を見据えて、長期滞在に特化した宿泊予約リクエストアプリ「Ellcano (エルカノ)」のサービスを開始した。この分野でのプレイヤーが少なく、宿泊施設などの課題を考えたとき、長期滞在にチャンスがあると見ていた。GoToトラベルの波に乗って、マーケティングを加速させるつもりだったが、出鼻を挫かれる。

感染者が急増し、2020年12月にはGoToトラベルも停止。翌年初頭から2回目の緊急事態宣言、4月からはまん延防止等重点措置の発令が全国で相次ぎ、ビジネス環境は悪化の一途を辿った。コロナ前は、グローバル展開も計画し準備をしていたが、それも立ち消えた。

山下氏は、コロナ禍の2年を「いい経験をした」と振り返る。スタートアップとしてリビングデッドは避けたい

そして、2021年3月に予約の権利売買の出品を止めることになる。「果たしてオペレーションコストかけている意味があるのかと思うくらい、出品数が少なくなった」。それでも、サービスクローズを決めず、長期滞在に注力し、違う道筋を試行錯誤していたという。

山下氏は、2021年4月~5月の時期が「個人的には一番キツかった」と話す。「会社よりも宿泊業界は大丈夫かという思いがあり、チームの士気も落ちていきました。いずれ回復するのは分かっていましたが、それがいつになるのかが読めない」。

「リビングデッドは良くない。そのためにスタートアップになったわけではありません。苦しいなかでも事業をどのように展開していくか、投資家たちとも話し合いを重ねました」と山下氏。しかし、現実問題として、コロナ融資の返済が迫るなど、キャッシュフローの残り時間は限られていた。

「会社としてはチェックメイトですね」。

宿泊施設は健全なキャンセル料の徴収を

キャンセルのビジネスにとって痛手となったのは、宿泊需要の減退による出品数の減少に加えて、宿泊施設がコロナ対応としてキャンセルポリシーを緩めたことにもある。キャンセルのサービスの肝は、キャンセルせざるを得なくなった予約のキャンセル料支払いを回避するところにある。キャンセル料の免除は、先が読めない状況のなか、宿泊客にとっては好都合で、宿泊施設側にとってはコロナ後の顧客獲得にもつながるサービスとなるが、キャンセルにとってはビジネスモデルの土台自体が崩れることになる。

「キャンセルポリシーが今後どうなるのか。それが読めませんでした」。果たして、それがいつ元に戻るのか。あるいは、戻らないのか。

山下氏は、「キャンセル料を払うのはもったない。これをなんとかできないものか」とキャンセルを立ち上げたが、そもそも日本の宿泊施設のキャンセル問題やポリシーに対して、どう考えているのか?

この問いに山下氏は、ビジネスを展開していくなかで、日本の宿泊施設のキャンセル料に対する認識にも疑問を感じていたと明かす。

「キャンセル料をちゃんと請求することをしていかないと、業界の現状は変わっていかないと思います。ユーザー(キャンセルへの出品者)からの声を聞くと『(キャンセル料を)請求してもらったら、払ったのに』という人は一定数います。ごく少数のクレーマーのせいで、キャンセル料免除はホスピタリティという間違ってメッセージを送ってしまっている」。

宿泊施設は装置産業といわれる。予約期間が過ぎてしまえば、客室の価値はゼロになる。海外では、BNPL(Buy Now, Pay Later: 後払い決済)の人気が高まってるなか、「事前決済は事業者側の論理で、すべてをそれにすべきだとは思わない」が、いずれにせよ、業態的に、キャンセル料を徴収しなければ、財務体質は良くならない。山下氏は「業界にとっては、本気で取り組んでいく課題でしょう」と警鐘を鳴らす。

しなやかに今後を考える起業家

健全なキャンセル料徴収のなかで、売買のオプションとしてキャンセルのサービスがある。「そういう立ち位置でサービスの啓蒙を進め、業界の信頼を得て、創業3年としてはいいポジションに立っていました。でも、道半ばで終わることになってしまいました」。山下氏は、そう振り返るが、悲壮感はない。

「また、やればいいや」。

宿泊だけでなく、飲食やスペースなどキャンセルが発生する業態であれば、このビジネスモデルは成り立つ。しかも、予約・キャンセルはグローバル展開できる商取引。スタートアップとして、将来のスケール感を見据えながら、事業を進めることができる。

「自分の経験から、これから起業を考えている人には、『その事業が好きだから、それを始めることはやめた方がいい』と言いますね。重要なのは『何の課題を解決するか』だと思います」。

今後、再度起業することもあり得るだろうし、既存の会社に入って、新規事業を起こすかもしれない。機動性のある起業家として、山下氏は独自のしなやかさで次の展開を考えている。

取材・記事:トラベルボイス編集部 山岡薫、トラベルジャーナリスト 山田友樹

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