定額制の多拠点生活が「関係人口」の入り口に、働き方の変化で生まれた小田原の実例を取材した

多拠点生活サブスクリプションサービス「ADDress」には、拠点での生活をサポートする「家守」と呼ばれる人たちがいる。彼らの存在は、拠点の管理人という枠を超え、ADDress会員と地域をつなげる媒体にもなっている。つまり、「関係人口」の入口だ。神奈川県小田原市のかまぼこ通りに構える「小田原A邸」の家守・平井丈夫さんも、そのひとり。近くでカフェ「ケントスコーヒー」を営みながら、内の人と外の人とをつないでいる。

「面白そうだ、ぜひ家守をやらせてください」

小田原・かまぼこ通り界隈は、魚市場があった頃は、ずいぶんと賑わっていたという。しかし、昭和43年に早川港が完成し、魚市場も移転したことで、かまぼこ通りは徐々に活気を失い、蒲鉾屋や干物屋などが撤退。世代が変わるとともに空き店舗や空き家も増えていった。NPO「小田原まちづくり応援団」に参加し、街歩きガイドなども行ってる平井さんは、この地域の活性化に地道に取り組んできたが、劇的な変化がないまま時間が過ぎていた。

そのかまぼこ通りにADDressの拠点づくりの計画が舞い込んできた。元酒屋の空き家をリノベーションするという。コロナ前のことだ。コンサルタントを通じて、ADDress代表の佐別当隆志氏と会った平井さんは、そこで「家守」という存在を知る。

「面白いと思いましたね。それまで、観光と定住という二面しか知りませんでしたが、佐別当さんから、『関係人口』という新しい言葉を聞いた時、『それは一体なんだ』と思いました。『観光以上、定住未満』と説明してもらい、『家守はその入口』と言われた時、私にぜひやらせてくれ、と頼みました」。

リノベーションを終えて、「小田原A邸」がオープンしたのはコロナ禍の2020年5月のことだ。

かまぼこ通りのADDress拠点。海まで歩いてすぐの場所にある。変わる利用者層、家守自身にも大きな変化

オープン当初の利用者には「不思議な人が多かった。この人はどうやって生計を立ててるんだろうと」(笑)。

聞くと、フリーランスや自営業の人たちが多かったという。ところが、コロナの影響が長期化するなか、利用者の層が変わってきた。「明らかに、20代、30代の会社員の人たちが増えてきました」と平井さん。現在は、ほとんどがそういう人たちだという。

「彼らに話を聞くと、『東京のワンルームで月10万円以上払っていたけど、リモートワーク中心で出勤する必要がないなら、そこにいる意味がない』と言うんです。なるほどなあ、と思いましたね」。

会員の「小田原A邸」での滞在後には、同じ神奈川県内の拠点をホッピングする会員もいるという。自宅でリモートワークしていると、ずっと家族と一緒にいるのはお互い息苦しので、週末だけADDressを利用している東京在住者も。

さまざまなバックグラウンドを持つ会員との交流は、平井さん自身にも大きな刺激になっている。小田原生まれ小田原育ちの平井さん。「小田原のことはよく知っていましたが、考えてみたら、井の中の蛙。街歩きガイドで、外の人との接点はありましたが、ADDressの家守になって、いろいろな人と会うなかで『知らないうちに、世の中こんなに変わっているのか』とカルチャーショックを受けましたね」と話し、「『サブスク』なんて言葉、初めて聞きましたよ」と笑う。

「ADDressが、新しいドアを開いてくれました。67歳で人生が変わりましたね」。短期間でいろいろな人に出会える。家守は会員と地域をつなげる役割だが、家守自身も人と会うことで外の世界とのつながりを広げている。

平井さんは、NPOとして小田原市の観光戦略ビジョンの策定にも携わった。そこに行けば誰かに会える楽しみ

平井さんは、さまざまなイベントを開くことで、ADDress会員と地域との接点をつくっている。そのひとつが「かまぼこ通りの小さな軒先市」。「小田原A邸」の隣の駐車場を会場に、周辺の商店や近隣のADDress拠点などが出店。この日のために「小田原A邸」を予約し、自作のアートワークなどを出店する会員もいるという。

4ヶ月に一度定期的に行われ、今年4月9日にも5回目の市を開いた。「何か面白いことをやってるぞ、と観光客の人たちも立ち寄ってくれます」と平井さん。兎にも角にも、かまぼこ通りに人を呼ぶことが必要だと話す。

また、小田原の海岸で行っているビーチクリーンも定着してきた。ケントスコーヒー近くの海岸から、友人の干物屋がある海岸まで。当初は地元の人たちだけで行っていたが、「小田原A邸」がオープンしてからは、会員の参加も増えているという。3ヶ月に一度、これまで7回実施した。清掃活動が終わると、ゴールの海岸で干物屋BBQ。そこで地域の人と会員との交流が深まっている。

「小田原A邸」へのリピーターも生まれてきてた。今では、近所のパン屋のお母さんと仲良くなって、そこからまた地元の人と繋がり、頻繁に小田原に戻ってくる若い女性もいるという。平井さんは、「ADDressの会員になる動機や目的として、ただリモートワークのためだけではなく、人とのリアルな関係を求めている人も多いようです。そこに行くと誰かに出会える楽しみ。それが大きいんじゃないでしょうか」と話す。

「小田原A邸」に滞在経験のある会員のなかには、小田原への移住を決めた人も出てきた。平井さんは「会員と話していると、移住場所を探すために、さまざまなADDrees拠点を利用するという人もいます」と明かす。関係人口から移住・定住へ。まだ数は少ないものの、新しい潮流が家守を通じて動き始めている。

小田原の海岸線へは西湘バイパスの下のトンネルを抜けて。重層的につながる人のネットワーク

ADDressでは、会員と地域とのつながりだけでなく、会員同士のつながりも深まっている。2020年11月からは、共通の趣味仲間がつながるコミュニティ活動「部活」がスタートした。3人集まれば、ADDress公認の「部活」が作れる。人気の部活では100人以上が集まっているという。

会員同士だけでなく、家守同士もつながっている。平井さん自身も清里の家守とつながり、その家守のツテで、若い頃からの夢だった清里でのコーヒーショップ開業を期間限定ながら実現させた。「小田原A邸」の利用者も遊びに来てくれたという。

「会員にしろ、家守にしろ、ADDressと言うフィルターを通じてつながるので、安心感がある。だから、すぐに馴染めるんです」。

会員と地域、会員と家守、会員と会員、家守と家守。ADDressでは重層的なコミュニティが形成されている。平井さんは「それも、べったりではない、緩いつながり。だから、いいんでしょう」と、その独特の関係性の良さを指摘する。

箱根への玄関口からの脱却、小田原城頼みの観光からの脱却など、小田原には長年にわたって解決されていない観光課題がある。小田原は城下町ゆえに、殿様商売の町とも言われてきた。「地域の人が外の人とつながる機会が増えると、地域の人の考え方も変わり、ウェルカムな雰囲気になります」と平井さん。日常生活で外の人との交流が増えれば、シビックプライドが高まり、ホスピタリティも上がる。「ADDressには、そういう効果もあるんじゃないでしょうか」。

トラベルジャーナリスト 山田友樹

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