世界の観光地域づくりで注目される「先住民観光」、カナダ先住民と北海道アイヌの交流で見えた可能性とは?

知らないことを学びたいという知的好奇心は、その土地を訪れる大きなモチベーションになっている。知らない文化と出会い、その土地の人々と語らい、綿々と続く風習や習慣に触れてみる。その異文化体験の中でも、世界で注目されているのが先住民観光だ。その土地の神話を語り継いできた人々が創り出してきた文化は示唆に富み、未来への知恵にもつながる。

しかし、先住民観光には課題もある。それは民族を超えた普遍的な課題かもしれない。その視点から、カナダ観光局は、北海道大学観光学高等研究センター、アイヌ民族文化財団、国立民族学博物館と共催で国際シンポジウム「先住民観光の挑戦」を北海道大学で開催した。

カナダからはブリティッシュ・コロンビア州ハイダ・グアイおよびコモックスから、それぞれの民族の文化を継承するアーティスト6人が来道。北海道からは、世界で活躍するアイヌ工芸家の関根真紀さん、アイヌアート彫刻家の藤戸康平さん、民族共生象徴空間(ウポポイ)運営本部副本部長の野本正博さんが参加し、それぞれの取り組みや観光の役割について意見交換をおこなった。

パンデミックから急回復、カナダの先住民観光

基調講演にはカナダ先住民観光協会(ITAC)のキース・ヘンリー会長兼CEOが登壇。カナダにおける先住民観光の現状と将来に向けた活動を説明した。

カナダの先住民観光の市場は拡大を続けている。年間の投資額は2014年の489万カナダドル(約5.4億円)から2022年には約6倍の2900万カナダドル(約32億円)ルまで拡大した。ヘンリー氏は、その要因として「全国的な組織としてITACが立ち上げられ、州や準州の先住民観光組織と連携を強めたことが大きい」と話す。

先住民観光によるGDP寄与額も、パンデミック前の2019年で年間19億カナダドル(約2100億円)。2017年の15億カナダドル(約1650億円)から大きく成長した。コロナ禍で大きな打撃を受けたが、ヘンリー氏は「先住民は積極的に観光回復を進めてきたことで、コロナ前の水準への回復は計画よりも2年前倒しで実現できる見通しだ」と明かす。

2030年に向けたビジョンも野心的だ。GDP寄与額を60億カナダドル(約6600億円)、先住民観光関連企業数を2019年の1900社から2700社、就業者数を3.9万人から6万人、総売上高を38億カナダドル(約4200億円)から120億カナダドル(約1.3兆円)に引き上げる目標を掲げている。

売上高が伸びれば、税収も増えることから、連邦政府から州・準州政府、地方自治体まで、先住民観光への投資に積極的だという。

カナダの旅行といえば大自然の周遊が人気だが、今では先住民観光も強力な観光コンテンツになっている。ITACの調査によると、カナダへのインバウンド旅行者のうち、3人に1人が先住民観光に関心があると回答。日本では21%が関心を示し、今後2年間では約53万人の潜在需要を見込んでいるという。

ただ、課題もある。ヘンリー氏は、先住民観光の成長を阻む要因として、需要と供給のバランス、労働力不足、奥地コミュニティへのアクセス、事業者の資金調達、マーケティング力などを挙げた。

また、知的好奇心の強い旅行者の満足度を維持・向上させるにはコンテンツの質の保証もカギになる。質が高ければ、現地消費額の拡大にもつながる。そこで、ITACでは、これまでの取り組みを進化させる形で、2022年6月、新たな認定プログラム「The Original Original」を立ち上げた。

基調講演でカナダの先住民観光の戦略を説明するヘンリー氏

先住民観光は持続可能な地域づくりに不可欠

ヘンリー氏は、トラベルボイスとのインタビューのなかで、アイヌ民族との交流の意義について、「アイヌの人たちと我々が直面する課題について共有したい」と話した。アイヌの歴史を聞くと、政府との関係などカナダの先住民と同じような歩みを辿っていることから、「同じ解決策を見出せるのではないか。ITACとしても、アイヌの人たちから学ぶことはあるだろう」と続けた。

ITACは、メキシコ、ニュージーランド、オーストラリア、米国、南米など、これまでにも他国の先住民組織との交流を続けてきたという。ヘンリー氏は「カナダは先住民観光では世界をリードしていると思う。そのベストプラクティスを世界と共有していく」と話し、先住民ネットワークの重要性を強調した。

一方で、「観光産業は非常に競合が激しく、複雑。先住民観光もまだビジネスとして十分に成熟していない」という。そのうえで、「将来に向けては、ホテル、職人、アートセンターなど先住民観光に関わるプレイヤーが自らの力で持続可能な地域をつくっていくことが重要」との考えを示す。

持続可能な地域づくりに向けて、コミュニティは、ただ人を受け入れるだけでなく、そこで消費しもらい、経済的な恩恵を残してもらうことが大切になる。ヘンリー氏は、それを「フェアトレード」と表現する。フェアトレードとは、そもそも途上国との貿易で公正な取引をすることで途上国の人々の生活を助けるという意味だが、「価値に対して正当な対価を払うこと」と説明する。その価値を高めるために、認証プログラム「The Original Original」が立ち上げられた。

「OTAなどでは質をコントロールできない。彼らは我々のビジネスをダメにしてまうかもしれない。だからこそ、サプライヤーサイドで世界クラスの本物の体験ができるように質を高めていく」。

カナダの先住民は単独民族ではない。ITACは、ファーストネーションズ630社以上、メティス約100社、イヌイット65社の事業者とともに先住民観光を推進している。ヘンリー氏は「文化も、地域性も、規模もさまざまだが、観光に対する考え方は同じ方向を向いている」と話す。

ただ、今でも先住民アーティストのなかには、観光に対して懸念を持っている人はいるという。ヘンリー氏は、観光開発とともに、「観光がどのような経済的恩恵をコミュニティにもたらすのか、地域の文化にどのような貢献ができるのかを伝えていく必要がある」と付け加えた。

交流で生まれた先住民観光への思いとは

カナダの先住民グループは、北海道・白老町の「ウポポイ(民族共生象徴空間)」も視察で訪れた。アイヌの人たちは歓迎の儀式「ウエランカラプ」を開き、伝統の舞「タプカラ」で迎え入れ、カナダ側は伝統の舞でそれに応えた。

ウポポイでアイヌの歓迎に応えるカナダ先住民の人たち。シンポジウムで、ハイダ・グアイ博物館で学芸員を務めるジスガング・ニカ・コリソンさんは、「アイヌの文化もカナダ先住民の文化も洗練されたもの。土地に根付き、超自然につながるなど共通する部分がある。先住民文化は過去ものではなく、現在も息づき、未来に結びついている」と話した。

また、ウポポイ民族共生象徴空間運営副部長兼文化振興部長の野本正博さんは、「日本では、カナダほど先住民族のことは知られていない。ウポポイには、交流を通じて、アイヌの歴史文化を知ってもらう役目がある。国民の理解促進が大切だが、長いスパンで考えていく必要がある」と話し、ウポポイの意義を強調した。

先住民観光について、ハイダ族アーティストのジム・ハートさんは、「ハリウッド観光ではない。本物の体験を提供していく」と話し、同じくハイダ族アーティストのエイプリル・ホワイトさんは「(先住民観光で)まず、私たちがここにいることを示すことが大事」と続けた。

ウポポイを視察した感想として、トーテンポールアーティストのクリスチャン・ホワイトさんは、「伝統とモダンが見事に融合した場所」と評し、ジュエリーアーティストのエリン・ブリロンさんは、「アイヌコミュニティの調和が取れていることに驚いた」と明かした。

一方、さまざまなアイヌ工芸を手がける平取町の関根真紀さんは、カナダとの交流を通じて、「もっと人を受け入れて、アイヌ文化を伝えていく必要性を感じた」との思いを表し、オリジナルデザインでアイヌ文化を世界に紹介する阿寒町の藤戸康平さんは、「アイヌとしてカナダ先住民観光から学ぶことは多い」と続けた。

アイヌには、ITACのような観光を促進する組織はない。「本物」の体験が求められているなか、観光を通じた文化保護・継承や持続可能な地域づくりの動きは広がるのか。北海道のアドベンチャー・トラベルの普及とともに注目されるところだ。

シンポジウムではそれぞれの取り組みが説明された。※カナダドル円は1カナダドル110円でトラベルボイス編集部が算出

トラベルジャーナリスト 山田友樹

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