
世界大手ホテル各社が、会員プログラムによる顧客囲い込みを活発化しています。今回は、増加する会員数の状況や各社の戦略、日本での動向などについて解説してみましょう。
外資系ホテル各社が展開する会員制ポイントプログラムの競争が、かつてないほど激化しています。従来は、「海外出張や海外旅行が多い人向けのサービスだから、国内旅行や国内出張が中心の日本人観光客や日本人ビジネスパーソンには、それほどメリットはない」と見られがちでした。ところが近年は、日本国内での外資系ホテルの開業が急増していることや、会員向けの特典が多様化していることなどにより、一般的な日本人の目線で見ても、魅力的なプログラムになってきているのではないでしょうか。
世界で会員数の増加に照準
実際、各社が公表している会員数を見ると、その拡大ぶりは顕著です。マリオット・インターナショナルの会員プログラム「マリオット・ボンヴォイ(Marriott Bonvoy)」は、2024年時点で世界全体の会員数が2億2800万人に達しており、前年比15%増を記録しました。ヒルトンの「ヒルトン・オナーズ(Hilton Honors)」は直近で2億1000万人、IHGの「IHGワンリワーズ(IHG One Rewards)」も1億人以上と、それぞれ巨大な会員基盤を築いています。
これらのポイントプログラムは、単なる宿泊回数に応じた割引やアップグレード特典にとどまりません。会員限定料金、無料Wi-Fi、モバイルチェックイン、アーリーチェックインやレイトチェックアウトといった滞在中の快適さを高める施策に加え、上級会員になることでスイートルームへのアップグレードやラウンジアクセスなど、より豊かな滞在体験が提供されます。さらに、ポイントは無料宿泊だけでなく、ギフトカードやイベント参加などにも交換可能で、旅行以外の場面でも価値を発揮する設計となっています。
中でもマリオット・ボンヴォイは、その特典内容と会員体験の幅広さで頭ひとつ抜けています。スポーツ観戦や音楽イベントへの参加権をポイントで得られる「マリオット・ボンヴォイ・モーメンツ」は、その代表例です。F1やマンチェスター・ユナイテッド、さらにはテイラー・スウィフトやエド・シーランのコンサートなど、世界的なエンタメイベントに会員が招待される仕組みは、まさに「お金では買えない体験」として高く評価されています。また、2024年にはImagine Dragonsのライブに500名を招待するなど、エンタメ分野への取り組みを強化しています。
また、ヒルトン・オナーズもアプリを使った柔軟なチェックインや部屋選び、ポイントによる家族旅行への活用など、利便性と実用性の高さで人気です。2025年4月3日にグループの最高級ラグジュアリーであるウォルドーフ・アストリア大阪が開業しましたが、そのディナーイベントに招待される抽選に応募できる“富くじ”的な企画も積極的に実施しています。IHGワンリワーズはシンプルで使いやすい設計と、幅広い価格帯のホテルブランドが魅力で、エントリーレベルからラグジュアリーまで網羅する戦略を展開しています。
日本でも会員の囲い込みが活発化
こうした背景には、日本国内における外資系ホテルの増加という構造変化があります。マリオットやヒルトン、IHG、アコー、ハイアットといったグローバルチェーンは、東京・大阪だけでなく、札幌、名古屋、福岡、仙台、沖縄など地方都市や観光地にも進出しています。特に地方や郊外のホテルでは、平日や日曜日に1万円台で宿泊できるケースも多く、こうした宿泊でコツコツとポイントを貯めて、将来的に都市部の高級ホテルにお得に泊まるという活用方法も現実的になっています。また、買い物でポイントが貯まるクレジットカードとの連携も、使いやすさのポイントとなってそうです。
マリオット・インターナショナルの日本&グアムエリア バイスプレジデントであるカール・ハドソン氏は、「私たちは若年層(18〜25歳)の取り込みを重視しており、学生時代からボンヴォイに登録し、ポイントを貯めていくことで、将来的にビジネス利用やラグジュアリーホテルへのステップアップを促しています」と語っています。
さらに、スポーツや音楽といった体験価値の高いイベントとの提携によって、「ブランドに対するロイヤルティを若いうちから醸成し、エントリーホテルから高級ホテルへの自然な移行を支援する戦略を進めている」(ハドソン氏)と強調します。
本来、最高級ラグジュアリーとミッドスケール(中級)以下では客層が異なりますが、一人の人生で考えれば、若いうちは安いホテルに泊まって旅行の頻度を楽しみ、年を取りステップアップしていくにしたがって、よりグレードの高い高級ブランドのホテルに泊まりゆったりと滞在を楽しむ、といった変化があります。
特典付きポイントプログラムによって若いうちから同じホテルグループのホテルに親しみ、ロイヤルティを高めてもらうことで、将来的な「上顧客」を囲い込む戦略です。
特に日本では、訪日外国人観光客の増加やASEANからの旅行需要の高まりもあり、ホテル側にとってロイヤルティプログラムの整備は不可欠です。国内でも、外資系ホテルに泊まり慣れたビジネスパーソンや旅行好きの一般層にとって、ポイントを有効に活用する環境が整ってきました。
今後は、こうしたプログラムがさらに多様化し、ポイントの獲得手段や使い道が一層拡大することが予想されます。宿泊だけでなく、ダイニングやスパ、地域イベント参加など、よりローカルに根ざした体験との連携も強まりそうです。若年層の取り込みが進む一方で、ミドル世代やシニア世代向けの使いやすい設計やプロモーションが導入されれば、日本市場における各社のロイヤルティ戦略は、さらに深化していくでしょう。