NECグループの独立シンクタンク国際社会経済研究所(IISE)は、「IISE FORUM 2026 ―AIと共創する未来社会・世界知が交差する日―」を開催した。「AI・データ×自己主権型アイデンティティで実現する未来の社会像」をテーマにしたブレイクアウトセッションでは、JAL、NEC、総務省などが参加。今後、活用が期待される自己主権型アイデンティティについて議論を深めた。
自己主権型アイデンティティとは?
自己主権型アイデンティティとは、分散型識別子(Decentralized Identifier: DID)や検証可能なデジタル証明書(Verifiable Credentials: VC)を活用しながら、自分の情報を自分で管理すること。
早稲田大学 理工学術院 基幹理工学部 情報理工学科教授でMy Data Japan副理事長の佐古和恵氏は、「サービスごとに切り取られた自分のID があるというのが今の社会。そのIDでアクセスできるデータは、そのドメインに限られてしまう。しかし、自己主権型アイデンティティでは、自分のIDを一つだけ持ち、そこで自分が受けたサービス、様々なデータを自分で結びつけたり、コントロールできたり、他人に提供できたりする。そのように自分中心でログインもできるし、アカウントもデータも扱える世界」と説明した。
ただ、拡張するデジタル空間で本人であることをどのように担保するのか。AIが普及するなかで、本人がどこまで権限や責任を扱えるのか、など課題も多い。
総務省 情報流通行政局 参事官室 参事官補佐の下山祐治氏は、仮想空間でのなりすまし行為などへの対応を進めていることに触れたうえで、「政策当局としては、技術開発を阻害することなく、安心安全な環境の担保を一番大切にしているところ」と強調した。
デジタル空間の安全性について、早稲田大学の佐古教授は「新しい暗号技術が下支えする」との見方を示した。そのキーワードとして公開鍵と秘密鍵という異なる2つの鍵を使用し、データを暗号化・復号する「公開鍵暗号」とその一つである「デジタル署名」を挙げた。
また、VCの機能の一つとして「選択的開示」について言及。「これまでは、情報を全部見せるか見せないかの二者択一だったが、必要な情報だけを選択・開示し、その正当性を証明することができるようになっている」とし、プライバシーに配慮した見せ方も、今後、期待できる点とした。
(左から)モデレーターを務めたIISEの樋⼝雄哉氏、早稲田大学の佐古教授、総務省の下山氏、JALの渡邊氏、NECの関根氏
自己主権型アイデンティティで可能になること
現場での自己主権型アイデンティティの活用に向けた動きとして、航空業界での取り組みについて、JALデジタルテクノロジー本部MAR戦略タスクフォースアシスタントマネジャーの渡邊郁恵氏が説明した。
渡邊氏は、世界の航空会社や国際航空運送協会(IATA)が推進するデジタルパスポートの標準化について言及。「デジタル化されたパスポートやビザを搭乗者の手続きや空港での体験で活用していくと、様々な社会課題が解決していく」との見方を示した。
そのうえで、世界的に見ると、羽田空港や成田空港で導入されている顔認証(Face Express)で日本は強みを持っている。一方で、スマホでの自己主権型アイデンティティの活用では欧州がかなり先行していると紹介し、「日本は今後、どのように自己主権型アイデンティティの活用に向けてユースケースをうまく出しながら取り組んでいく必要がある」と続けた。
また、NECバイオメトリクス・ビジョンAI統括部 Decentralized ID事業開発グループ プロフェッショナルの関根宏氏は、「自己主権型アイデンティティでは、自分がデータを持つことから、普段の生活の中で色々な経済圏をまたいだデータが溜まってくる。それを企業に提示して、さらにいいサービスを受けられるようになる」と解説。その価値をどのように実装していくかが重要と指摘した。
加えて、旅行領域を例に、旅行者は空港から目的地へ移動し、目的地で行動することから、「業界を超えて取り組んでいくことが自己主権型アイデンティティの価値につながる」と強調した。
セッションでは自己主権型アイデンティティの具体的な活用例も共有された。JALの渡邊氏は、スマホにパスポートなどの渡航情報や顔写真をデジタルで管理し、チェックインや入国審査などの「関所」に事前に情報を送ることで、自宅を出る前に「Ready to Travel」となると紹介。「空港での顧客体験の向上だけでなく、人手不足や省力化などの社会課題の解決にもつながる」と期待を込めた。
NECの関根氏は、大阪・関西万博で落合陽一氏がプロデュースしたシグネチャーパビリオン「Null²」を紹介。デジタル世界で自分の分身(アバター)を持ち、リアルな体験と仮想空間を繋げるインタラクティブな体験で、「Mirrored Body(アプリ)」の公開時の本人確認にNECの生体認証技術を活用したVCを利用した。顔写真を「フェイスVC」としてスマホのWalletに格納。アバターの本人性を担保し、不正利用やなりすましを防止した。
関根氏は「今後、リアルの世界でも、AIエージェントが旅行の予約や買い物をする場合、『確かに私が指示しました』ということを担保するためにも活用される可能性がある」と先を見据えた。
また、JALの渡邊氏は、自己主権型アイデンティティの利便性として、自身でデータを管理することから、「例えば、航空チケットの購入でもVCの形で安全に個人情報を提供できるようになると、一つ一つ情報を入力することなく、ワンクリックで購入することも可能になる」と話した。
NECの関根氏は「パラレルに一気に情報を流せるのも一つの価値になる。コミュニケーションが圧倒的に高速化し、可処分時間が増えることにもつながる」との考えを示した。
社会実装に向けて必要なこと
自己主権型アイデンティティの社会実装に向けた取り組みについて、総務省の下山氏は、事業者とともに、ニセ情報対策の技術開発を推進していると説明。「情報の真偽性は、事業者、自治体など、それぞれにとって予期せぬリスクを孕んでいる問題。この問題を、社会全体で考えていくようなアプローチを取っていきたい」と話した。
また、JALの渡邊氏は、ガイドラインなどの規制の整備と業界を超えた仲間づくりの重要性を挙げた。ガイドラインについては、海外での議論への日本の関わり方を考えていく必要性に触れ、仲間づくりでは「経済圏を超えたデータ活用という点で、もはや一社だけの問題ではなくなってきた」と指摘した。
NECの関根氏も仲間づくりの重要性について触れ、「企業的な利益ではなく、生活者的な共感の視点から取り組むと、前進するのではないか」と話した。
早稲田大学の佐古教授は、選択的開示技術に再度触れたうえで、マイナンバーカードのVCとしての活用を提案。「今あるインフラを活用すれば、早くVCが普及するのではないか」と期待感を表した。
IISE、AI時代のプラットフォーム型シンクタンクへ
IISEは、AIネイティブ社会に求められるシンクタンクへと進化し、日本の未来を設計する独自のポジションを築いていくための戦略として、新方針「プラットフォーム型シンクタンク」構想を発表した。
新方針を発表するIISE社長の西原基夫氏
AIをはじめとする技術革新に加え、安全保障環境の変化が重なり、経済・産業・政策を含む社会システムの前提そのものが大きく変わりつつあるなか、一組織や一分野だけで社会課題の解決策を導くことは難しい。分野横断の知見を結集し、構想を実装につなげる仕組みが不可欠との認識のもと、産業界・政府・アカデミアなど多様なステークホルダーが議論し、「ソート(Thought)」をはじめとした価値創造の場として構築・運営し、これを核に未来構想から社会実装までを推進していく。
その中核として、IISEは「N(エヌ)会議」を推進。テーマごとに小規模で質の高い議論の機会を実施し、未来像の創出から社会実装までを推進するエコシステムを構築していく。



