日本の観光産業でカギを握るのは「DMO」、世界の知見が集積した観光フォーラムで語られたこととは?

世界と日本のトップが観光産業の在り方が語られたツーリズムEXPOジャパンのグローバル観光フォーラム。そこで語られた旅行・航空など世界のリーダーの知見とは――?

登壇者:

  • タレブ・リファイ氏(国連世界観光機関 [UNWTO] 事務局長)
  • ディビッド・スコースィル氏(世界ツーリズム協議会 [WTTC] 理事長)
  • 田川 博己氏(一般社団法人日本旅行業協会 会長、世界ツーリズム協議会 [WTTC] 副会長)
  • ヴィジャイ・プーヌーサミー氏(エティハド航空 副社長)
  • クリスティアン・マンティ氏(フランス観光開発機構 ジェネラル・マネージャー)

*グローバル観光フォーラム基調講演の記事はこちら>>>

日本の観光が抱える4つの最優先課題とは? 「責任」果たす観光産業を議論した観光フォーラム基調講演を聞いてきた

基調シンポジウム:カギを握るのはDMO、市場偏重からの脱却を

基調シンポジウムでは、田川博己JATA会長・WTTC副会長が日本国内における持続可能な観光への新たな取り組みを紹介した。

日本の海外旅行市場は昨年、イン・アウトバウンド双方向では3595万人。またインバウンド旅行市場は、昨年実績で年間3兆4000億円の消費をもたらし、自動車部品(3.5兆円)や鉄鋼製品(3.7兆円)の輸出額にほぼ相当する水準。旅行会社の数も9年ぶりに増加したが、課題も少なくない。

まず、日本への送客市場がアジアに偏重しており、訪日外国人旅行者の84%はアジアから。またそのうち85%が中国、韓国、台湾、香港の4市場で占められており、これを世界全体へ拡大する必要があると指摘した。

日本における訪問先も東京、大阪、名古屋の三大都市に偏っており、他の地方への需要分散が急務。同様に、日本人の出国率も都道府県別に見ると、偏りが大きいのが現状で、本当の意味で、双方向交流が活発な観光大国とはまだ呼べない状況と評した。

田川会長は、現状を打開するカギを握るのは、日本版DMO(Destination Management Organization)であると提言。自身もイン・アウトバウンド共にまだ少ない山陰地方のDMO「山陰観光推進機構」の会長を兼任しているという。

田川会長は「DMOは、観光協会の単なる名称変更ではだめ。税金や自治体の予算で運営されている例もあるが、農業や地元産業とも結びつき、色々な体験や名産品の販売も取り込み、スポーツ、文化、祭り、食、観光地などの素材を磨き上げ、宿泊して地域を楽しんでもらうビジネスを確立するための組織」と説明。また情報提供だけでなく、マーケティングや、バリアフリー化などを含む地域マネジメントがその需要な役割と強調した。

DMOの取り組みが成功している例として、長野県飯田市を拠点とする南信州観光開発公社や、「熊野古道」「しまなみ海道」などの観光ルートを紹介。DMOによる地域創生を実現するためには、2020年の五輪にとどまらず、その先まで長期的に見据えながらの人材育成や、日本の弱点である発信力の弱さを克服することが必要と説いた。

ディスカッション:テロ事件への過剰反応を懸念

国連世界観光機関(UNWTO)タレブ・リファイ氏

エティハド航空ヴィジャイ・プーヌーサミー副社長、フランス観光開発機構クリスチャン・マンテイGMが加わり、登壇者が全員揃ったディスカッションでは、テロ事件や気候変動など、世界規模で直面しているリスク対応が議論の中心となった。

UNWTOリファイ事務局長は、昨今、観光産業が直面するサステナビリティの阻害要因として、危機管理の在り方について問題を提起。地球上に、リスクがゼロの場所などありえないのが現実となるなか、「この問題は、テロ事件が起きたフランスやトルコだけではなく、世界全体が抱えるグローバルな問題。一致団結して対応すること、そして被害にあった国や地域が、さらに罰を受けるような状況を作り出してはいけない」と訴えた。

また、リファイ氏は、実際にあった2つの感銘を受けた事例を紹介。ひとつめはイスタンブール空港でのテロ事件後、同空港当局が、事件発生からわずか8時間後に再び空港を再開したこと。ふたつめはロシアが、それまで発出していたトルコへの渡航自粛を解除したことだという。「ほとんと話題にならなかったが、すばらしい対応だった。危機に際しては、被害地域を孤立させるのではなく、みんなで協力の手を差し伸べ合うことが重要だ」と話した。

世界ツーリズム協議会(WTTC) ディビッド・スコースィル氏

フランス観光開発機構マンテイGMは、パリのテロ事件後、現地の状況を伝えるのにITやデジタル・ネットワーク、SNSが革命的な役割を果たした事例を紹介。当時、パリを訪れていた旅行者が、事件後ほぼ10日間にわたり、連日、現地の状況をSNS上にアップしたことで、事件後の警官の様子から、普段と変わらない暮らしぶりなどが世界に発信され続けた。これをきっかけに、情報発信の在り方を考え直すようになったという。

WTTCスコースィル理事長は、テロ事件の影響そのものに加え、一部の国で、過剰な反応が顕著になっていることに最大の懸念を示した。具体的には、米国でビザ免除プログラムの停止が議論されるなど、「これまで構築してきた国家間の架け橋をはずし、相手国をさらに孤立化させるような対応や、国境警備に関する過激な思想が散見される」と憂慮。セキュリティ不安が発端となって巻き起こるこうした議論を抑制するためには、より安全かつ旅行者にもフレンドリーな査証の電子手続きや、ビザ免除プログラムの有効活用を強く訴えた。

効果的かつ公平な排出量オフセットを

エティハド航空プーヌーサミー副社長は、テロの脅威と同様にサステナビリティを脅かすリスクの一つ、気候変動に取り組む航空業界の現状にも言及。「今は航空機の利用が増えれば増えるほど、温室効果ガス排出量も増える状況。航空機材の燃費効率は改善されているが、空港、管制システムをもっと効率的に運営する必要があるし、環境への負荷が少ない代替エネルギーの活用も加速するべき。ICAO(国際民間航空機関)の総会で、航空会社の排出量オフセットに関するグローバルなスキームがまとまり、世界各国にとって効果的かつ公平なシステムが採択されるようにと願う」と話す。

モデレーターを務めた本保芳明氏(首都大学東京特任教授、東京工業大学特任教授・観光庁参与)

活発な議論が交わされるなか、田川会長は「日本の旅行業界では、危機管理に関する議論はまだ散漫になりがち。インバウンド4000万人、6000万人を誘致しようという時代にあって、世界の潮流をしっかり理解した上でリスク対応策を練らないといけない」と指摘した。

最後に訪日外客数の目標達成へのアドバイスを求められたUNWTOリファイ事務局長は、「アクセシビリティなど実現の成功条件は、政治的なハイレベルでの決意の有無。その点、日本は大変心強い状況だ」とコメント。今後、旅行者増に伴う問題が浮上した場合、その原因を「旅行者が増えすぎたからだと数の大きさのせいにしないこと。原因は数ではなく、マネジメント手法が適切かどうかにある」と話した。

なおモデレーターは本保芳明・首都大学東京特任教授、東京工業大学特任教授・観光庁参与が務めた。

取材・記事 谷山明子

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