旅館とホテルの違いとは? 進化がもたらした曖昧な境界線、その本質と未来を考えた【コラム】

私が多く受ける質問のひとつに、「旅館とホテルって何が違うのですか?」というものがあります。昔からある質問なのですが、最近では、外国人旅行者はもちろん、日本の若者からも聞かれることが増えました。長年、旅館業に携わってきた私でも、どう説明するべきか迷うようになってきているのが現状です。

旅館とホテルが、それぞれ進化してきたことで、その定義や境界線も曖昧になってきたからだと思います。今回は、旅館とホテルの違いを再考することで、その本質と未来について考えてみたいと思います。

そもそも旅館の定義とは?

まず、旅館という言葉の法的定義を確認しておきます。かつては法律上、昭和23年(1948年)に制定された旅館業法において、「旅館営業」とは客室数5室以上、「和式の構造及び設備を主とする施設を設け、人を宿泊させる営業」であり、「ホテル営業」は10室以上、「洋式の構造及び設備を主とする施設を設け、人を宿泊させる営業」でした。

当時、一般的に旅館は外国人を受け入れるには不向きとされていたため、翌年(1949年)には国際観光ホテル整備法が制定され、政府登録国際観光旅館の登録制度が始まりました。「和室には床の間がある」、「洋室にはベッドや椅子がある」など、洋室と和室の設備の違いを明確化し、それぞれ定義づけられました。

しかし、平成30年(2018年)、旅館業法の改正により、ホテルと旅館は法律上統合され、明確な違いはなくなりました。その背景には、民泊を適正な管理下で解禁する住宅宿泊事業法(いわゆる民泊新法)の成立に伴い、小規模の簡易宿所の営業と民泊の違いを明確にする必要があったことがあげられます。その上位のカテゴリに旅館とホテルが別々に存在するのはわかりにくく、合理的ではないという意見が強かったのです。

そして、この法改正がおこなわれた直後、コロナ禍が発生します。窮地に陥った宿泊施設が後にスムーズに立ち直ることができるよう、国は数々の積極的な支援をおこないました。その題目は、施設の高付加価値化とインバウンド対応でした。多くの旅館、ホテルが補助金を活用し、旅館はインバウンド時代を見据えて和風テイストを保ちながら快適性を重視した和モダン化を進めた施設が多くありました。一方、ホテルもインバウンドをターゲットにした日本らしさを演出するケースが増え、ホテルの機能に和のデザインや雰囲気を表現するケースが増えました。結果、両者の外観や機能が似通ったデザインテーマになり、一般の人から見て違いがわかりにくい状況が生まれたのかもしれません。

体験としての旅館の特徴とは?

こうして法的には旅館とホテルは同じ分類になりましたが、旅館らしさとは一体何でしょう?

旅館に泊まるとき、利用者の期待は単に和風建築や設備の中に泊まることだけでないと考えています。四季折々の旬の食材を使った和食、地域の歴史・文化を感じさせる客室やロビーの演出、対面でのスタッフの心づかいやおもてなし、静けさや落ち着いた空間美などを通じて、ゆったりとした時間や日本ならではの暮らし、美意識、おもてなしを体験することに価値を見出す方も多いでしょう。

学術界においても、多くの論文や著作物で旅館の研究がおこなわれています。旅館の歴史的・文化的背景を紐解けば、旅館は単なる宿泊施設ではなく、地域文化の担い手であり、生活文化の伝達者の役割も持つという考えも共有されています。また、旅館は地産地消や地域経済循環など、ホテルチェーンにとってハードルが高い取り組みが実践しやすく、それを旅館とホテルの差であると定義する考え方もあります。

一方で、旅館にはいわゆる「駅前旅館」「ビジネス旅館」、「観光旅館」といったジャンルも存在します。これらは、文化体験というよりは、定食屋さんや銭湯のように気軽な生活の延長としての滞在を提供する施設であり、立派な旅館文化の側面であるということができます。

旅館の多様化の現実

現代では、さまざま形態で、いわゆる「旅館らしさ」を持つ施設が誕生しています。たとえば、和の要素を取り入れた外国人に特化したホテルや、町家や古民家を改装した宿泊特化型ホテル、部屋は完全に洋風でありながら料亭や温泉など入浴施設をアイコンに旅館テイストをアピールするホテルなどが挙げられます。

一方で、老舗の伝統旅館でも、洋式ベッドやフレンチやイタリアンのレストランを併設するなど、現代的な要素を取り入れる動きが見られます。設備やサービスでの境界線は、もはや存在せず、宿泊者が「この宿は旅館の精神、ホテルのDNAのどちらを持っているか?」といった判別をしなければならなくなりました。旅館は「日本的なもてなしの精神」「地域文化、生活文化をより尊重する」というアイデンティティを持ちますが。ホテルも地域との関係性を深めるなか、その差を誰にでもわかるように言語化するのは難しくなったと言わざるを得ません。

旅館のこれから

そこで、旅館がますます和の精神性を追求し、極めることで特徴を際立たせようとするのは自然であり当然のことです。「文化の担い手として旅館が存在する」、「旅館に来ることでその地域に溶け込む体験を五感で学ぶことができる」という理念を改めて追求することは、旅館にとって純化であり進化なのでしょう。

しかし、それが行き過ぎると、かえって敷居が高くなるリスクもあります。多様化が進む中で、「旅館ならでは」の定義にこだわりすぎることで、泊まりたいと思っている人のハードルを上げてしまっては意味がありません。現に、若い人を中心に旅館に対して「興味があるけど窮屈そう」「ルールが分からない」という声も増えていると感じています。

冒頭の、「ホテルと旅館って何が違うのですか?」という問いは、「旅館の楽しみ方がわからない」という不安の裏返しかも知れないのです。今、求められているのは、「旅館らしさ」の本質を守りながら、使いやすさ、わかりやすさを含めた価値を創出していくという発想ではないでしょうか。

「ホテルらしさ」と「旅館らしさ」

インバウンドの目線でみれば、ホテルと旅館に求めるものが異なるという事実も、両者の違いを見極めるヒントになるかもしれません。

例えば、東京都内のホテルを拠点として滞在しつつ、旅館に1泊するために箱根や鬼怒川、草津などにバックパックひとつで向かう外国人も少なくありません。インバウンド観光客にとって、ホテルはくつろぎと利便性、快適性を求める「自宅」のような存在であり、旅館は「非日常の観光体験」であるという意識です。旅館が「日本の生活文化を体験できるテーマパーク」であり、観光地と位置づけられているともいえます。

つまり、「旅館で遊び、ホテルで休む」という選択をしているのです。どちらもホスピタリティが基盤であり、おもてなし文化の有無で旅館とホテルを区別するのは本質からずれているということになります。

まとめ

旅館とホテルの違いは、外形的な建築や内装が和風かどうかとか、おもてなしの有無といった差ではありません。旅館でもホテルでも、旅人を温かく迎え入れるホスピタリティは変わりません。和の宿泊体験は、特にインバウンドにとって日本特有の体験として旅の目的にもなっています。とはいえ、特別な作法やルールに縛られる印象が不安につながることで、新たな利用者を旅館から遠ざけることになってしまっては本末転倒です。

わくわくするエンタメ性と、言語や文化の違いを超えた「心地よさ」を提供する手法や優先順位に違いがあることが「旅館とは何か?」という永遠の疑問につながっているのでしょう。ホテルであろうが旅館であろうが、本来、自分が休むための場に堅苦しさは必要ないのですから、利用者にはそれぞれの楽しみ方を見出だしていただきたいものです。

永山久徳(ながやま ひさのり)

永山久徳(ながやま ひさのり)

ホテルセイリュウ監査役。全旅連青年部長、日本旅館協会副会長、岡山県旅館ホテル生活衛生同業組合理事長など歴任。旅館業界の課題解決を数多く手がけ、テレビ出演、オンライン媒体での執筆多数。岡山県倉敷市出身、筑波大学大学院修了。

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