10年ぶり世界自然遺産の誕生となるか?「沖縄・奄美」自然ツアーと持続可能な観光への取り組みを取材した

日本政府が国連教育科学文化機関(ユネスコ)の世界自然遺産に推薦している「奄美大島、徳之島、沖縄島北部及び西表島」。2020年の世界遺産委員会は新型コロナウイルス感染拡大の影響で延期され、その登録は先送りとなった。今年の委員会は、2020年と2021年の2年分の登録審査が行われる予定で、今年こそ、登録決定の可能性が高い。決定すれば、コロナ禍で観光産業が大打撃を受ける中、観光復活への明るいニュースとなるはずだ。

沖縄県と鹿児島県の両県では、世界遺産登録が見込まれる対象地域について、共同で観光誘致に向けた準備を進めている。昨年11月、両県が実施したメディア・旅行会社向けのFAMツアーに参加し、その魅力を体験してきた。認定されれば、日本で5つ目となる世界自然遺産には、どのような特徴があるのか?旅程に組み込むと、どんな体験が期待できるのか?

世界自然遺産候補の評価理由

「奄美大島、徳之島、沖縄島北部及び西表島」が世界自然遺産の候補地として選定された理由は、日本最大級の亜熱帯照葉樹林と、独自の進化を遂げた固有種や絶滅危惧種の多様な生態系が見られる重要な地域であることだ。

固有種は、沖縄島(本島)北部のヤンバルクイナや西表島のイリオモテヤマネコ、奄美大島と徳之島のアマミノクロウサギなど。環境庁によると、4島合計で哺乳類や爬虫類などの脊椎動物は71種、昆虫類は1607種、維管束植物は188種に及ぶ。日本全体の固有種や絶滅危惧種に占める割合も高く、脊椎動物では日本の固有種全体の44%が該当地域に生息している。

この特異な生態系は、琉球列島の中でこの4島が、200万年前に大陸から切り離されて形成されたことによるもの。残された生物がそれぞれの島で独自の進化を遂げ、命を繋いでいる。ダーウィンの「進化論」で有名な世界自然遺産「ガラパゴス諸島」と共通する自然の奇跡を感じられる、日本が誇るべき貴重なエリアといえるだろう。

これまで、沖縄や奄美の自然をテーマにした観光といえば、美しいビーチや海を舞台にしたアクティビティが多かったが、世界自然遺産の登録が実現すれば、緑豊かで希少な動植物が生息する内陸部への注目が高まるのは必至だ。

沖縄観光コンベンションビューロー(OCVB)も、「沖縄といえば海洋リゾートのイメージが多いが、新しいイメージを持ってもらいたい。そして観光活性に繋げたい」(OCVB誘客事業部国内プロモーション部主任の屋宜菜津子氏)と話す。世界遺産のお墨付きを得て陸の自然の価値をアピールし、特に周辺地域と比べて来訪客の少なかった沖縄島北部の三村(国頭村、大宜味村、東村)への誘客に繋げたい考えだ。

OCVB誘客事業部国内プロモーション部主任の屋宜菜津子氏

鹿児島県観光連盟も、「鹿児島県はこれまで、有名な観光地にしか訪問されていなかった。奄美大島や徳之島にも、もっと多くの方に訪れていただきたい」(鹿児島県観光連盟国内誘致部部長の青木真悟氏)と、世界自然遺産の登録を機に認知を高め、誘客を活発化していこうとしている。

鹿児島県観光連盟国内誘致部部長の青木真悟氏 

日常のすぐそばにある貴重な世界

では、これら地域の自然を舞台に、どのような体験ができるのか。

今回のFAMツアーでは、2日間で沖縄島(沖縄本島)北部と奄美大島を1泊ずつ、駆け足で訪れた。双方の島で体験したのは、希少な固有種などの野生生物を観察する夜の自然探索ツアー。自動車を利用し、参加しやすい内容になっているのが特徴だ。

沖縄島北部では、国頭村環境教育センターの「やんばる学びの森」で、同施設を運営する国頭ツーリズム協会のナイトハイク(夜のハイキング)に参加した。スタート地点まで、一般道を車で約10分。ごく普通の道路の端に停車した。何の目印もないが、ここが森の世界への入り口だ。普通に車で通行するだけでは忘れがちだが、希少な固有種が息づく自然界と人間の日常は、常に隣り合わせにあることに気づかされた。

森に入れば、灯りは事前に配られた手元の懐中電灯だけ。渓流沿いを歩きながら、そこに暮らす生物を探す。「五感を使わなければ生物を見つけるのは難しいよ」とアドバイスを受けても、暗がりで生物を見つけるのは、やはりガイドの独壇場。渓流の岩場にじっとしている固有種のナミエガエルやハナサキガエルを見た後に、川面から頭を出してエサのカエルを探すヒメハブやアカマタに遭遇した時には、生態系をリアルに垣間見た感動を覚えた。

沖縄島北部で見られる生物は季節によって異なり、ヤンバルクイナが見られるのは春と夏が多い。秋と冬はカエルなどが中心になる。

ナイトハイクのイメージ。3つのコースがあり、手作りの木道がある個所もある(やんばるの森提供)

筆者が体験したナイトハイク。実際の森の中はこんなに暗く、静寂の中で足音や木の実が落ちる音などが聞こえる

一方、奄美大島では、観光ネットワーク奄美の「夜の野生生物観察コース」に参加した。島内最大の繁華街がある名瀬地区から車で約30分。目的地は旧道の峠道だ。通行車両が少なくなったこの道を、車で移動しながらサファリのようにアマミノクロウサギなどの野生生物を探す。ガイドによると、野生動物は嗅覚が敏感なので、車で探索した方が遭遇する確率が高いのだという。

ツアー中は、道路沿いに佇むアマミノクロウサギやアマミヤマシギのほか、アマミハナサキガエルにも遭遇。街灯のない道で、運転しながら動植物を見つけるガイドの力量に舌を巻く。奄美大島と徳之島の固有種のアマミハナサキガエルは、沖縄本島北部で見たハナサキガエルの近縁種。こうした固有種を実際に見ると、この4島の成り立ちと生物の進化の所以に納得する。

ツアー中に遭遇したアマミノクロウサギ。車からこの距離で見られた

アマミハナサキガエル。この時は車から降りて観察。沖縄島北部のハナサキガエルと似ているようで違う印象もある

峠から帰る途中、田園地帯の道路では、電線にとまっている小さなフクロウ、リュウキュウコノハズクも複数羽見ることができた。この地域で暮らす人々にとっては、日没後の帰路にふと目をやれば、こうした希少な生物がいることは当り前なのだ。その日常が観光客にとって、忘れられない体験になる。

鹿児島県観光連盟の青木氏は、「世界遺産になることは、島の自然が世界に認められるものであることを、地域の人々に認識してもらえる機会になる。身の回りの価値を知ってもらい、地域を誇りに思ってほしい。それが、今後の地域の魅力向上にも繋がってくる」とも話す。

プレミアムなエコツーリズム体験

奄美大島ではもう一つ自然体験をした。「黒潮の森マングローブパーク」でのカヌー体験だ。このマングローブ原生林にも、リュウキュウアユなどの固有種が生息する。

黒潮の森マングローブパークでは今後、カヌーツアーで早朝貸切など特別プランの設定も検討するという。他のグループのいない静かな時間帯に、マングローブ原生林の世界に浸れる特別な体験。当然、貸切だから高単価の料金設定が可能となるが、それを厭わない客層は少なくないはずだ。

黒潮の森マングローブパークは国内で2番目に大きいマングローブの原生林が広がる

トンネル状になったマングローブ原生林を進む

貴重な自然環境での体験そのものが、特別感を醸成させる。沖縄北部で宿泊した「やんばる学びの森」では、特にそれを実感した。同施設は一般の旅行者だけでなく、沖縄県内などの教育旅行、宿泊学習などを受け入れており、施設そのものには特別な豪華さはない。しかし、ナイトハイクを体験した翌朝、テラスから施設を取り囲むように続くやんばるの森の景色を見た時、何とも言えない気持ちを抱いた。あの生き物が息づく森のなかで一晩を過ごしたのだという感慨が、満足度を高めてくれた。

本格的に観光客を誘致するとなると、受入整備も必要になる。ただ、今回体験して感じたのは、必要以上の開発は不要だということ。周囲の自然環境への敬意が感じられるサービスが、ホスピタリティになる。実際、海外のエコリゾートには簡素な設備やサービスが多いが、それこそがホスピタリティとして歓迎されている。

国頭村観光教育センターのやんばる学びの森

やんばる学び森は、イタジイなどが繁茂するやんばるの森の中にある

相互送客と持続可能な観光に向けて

鹿児島県と沖縄県では2015年度から、世界自然遺産登録に向け、「奄美・沖縄」観光交流連携体制構築事業を開始した。両地域での観光振興と域外からの観光客の誘致を目的とするもので、共同プロモーションと商品開発(ルートづくり)、エコツーリズムの推進の3つを柱に取り組みを進めている。

その一環として、エコツアーガイドの交流も実施。奄美大島と沖縄本島北部の双方にガイドを招聘し、視察や意見交換を行って現地でのガイドの内容や課題の共有を行う。世界遺産となれば、沖縄県と鹿児島県の双方を訪れる旅行者が増えることが想定されるため、ガイドが旅行者に説明する内容や観光時の注意事項などの共通認識も必要になる。また、「それぞれの違いと相関性を知り、旅行者が両県に興味を持てるようなガイドをしてほしい」(鹿児島県観光連盟の青木氏)という思いもある。

両県の連携事業で作成したパンフレット類。「奄美・琉球周遊トラベルノート」には両地域で見られる固有種の図鑑や地図、トレッキング時の注意などを、かわいらしいイラストで記載

一方で、課題もある。

沖縄島北部と奄美大島では認定ガイドの育成を強化し、ガイドが同行するツアー利用を推奨している。ただし今回、奄美大島でのナイトツアー中には、誰もが通行可能な一般道でガイドができることもあって、無認可ガイドによるツアーと行き交うことがしばしばあった。

世界自然遺産の登録は、当該地域の自然環境を守るために行うもの。世界自然遺産になることで観光客が増加し、それによって自然や環境が脅かされることがあってはならない。そして今の時代は、地域住民の生活を守ることも大切だ。

持続可能な観光の実現には、地域と観光客を繋ぐガイドの役割は大きく、自然に関する知識とともに、地域と歩調をあわせたモラルと観光振興の価値観を持つことが必要だ。だからこそ、両地域では認定ガイドの育成と同行ツアーの推奨を強化している。

世界自然遺産の登録が実現すれば、日本では2011年の小笠原諸島以来、10年ぶりのことになる。より持続可能な観光への考えが強まっているなか、自然を守りながら、地域の生活と調和し、観光の価値を高めていく両県の取り組みに注目したい。

取材・記事 山田紀子

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