鉄道乗車券のQRコード化で起きる変化とは? 阪神電気鉄道が「脱磁気券100%」に向けた実証実験、その結果と今後の展望を取材した

阪神電気鉄道は2020年3月から1年間にわたり、QRコードを使用した乗車券の実証実験を実施した。遅れている乗車券のデジタルサービス対応と、従来の磁気券のデメリット解消という、2つの課題解決が目的だ。

先ごろ、ナビタイムジャパンが開催したモビリティ勉強会で、阪神電気鉄道の担当者が実証実験の背景と結果、今後の展望を発表した。乗車券がQRコードでデジタル化されると、どのようなメリットがあるのか。課題から、観光シーンを含む今後の展望を聞いてきた。

鉄道乗車券の現状とデジタル化が必要な理由

阪神電気鉄道(阪神電車)の都市交通事業本部電機部勤務課長・松本康宏氏によると、現在、SuicaやPASMOなどのICカード乗車券の利用率は、関西では7~8割、首都圏では9割に及ぶと見られる。しかし、今後も紙の乗車券の販売は残る。鉄道の利用頻度が高くない人やICカードを持たない子供、訪日外国人を含む観光客などの一時的な利用に対応するためだ。

現在の乗車券は、発駅や有効日などの権利の情報を磁気やICカードに記録し、それを高速で読み取って処理する。紙の磁気乗車券は、安価で安定して稼働する優れものだが、運用には専用の券売機や改札機が必要で、高額な費用がかかるデメリットもあった。改札機が9台ある阪神電車の甲子園駅の場合、初期投資の規模感は「都心部のマンションが買えるくらい」(松本氏)。加えて、保守や運用にも多額の経費がかかる。そのため、磁気に代わってIC乗車券を使用しない人に対応できる乗車券の開発が必要だった。

また、乗車券のデジタル対応の課題もある。ICカード乗車券はスマホの利用でネット経由での定期券購入やチャージができるようになったが、紙の磁気乗車券は改札窓口にある券売機での購入が必要。機械化されたとはいえ、販売スタイルは「(紙の乗車券に磁気が導入される以前の)大昔から大きく変わっていない」(松本氏)。世の中が、デジタルに連動してサービスを広げていくなか、鉄道事業者の対応の遅れは大きな課題だったという。

脱磁気券100%を目指すために

そこで阪神電車は2020年3月~2021年2月まで、大阪梅田駅と西ノ宮駅、神戸三宮駅など5駅で、QRコードを付与する乗車券(QR乗車券)の実証実験を実施。専用の発券端末と改札機を設置し、QR乗車券(スマホアプリ、紙の乗車券)をかざして入退場をするスムーズさを検証した。

阪神電車がQRコードを採用した理由は、(1)デジタル対応と脱磁気化に同じ方式で対応できる(紙券とスマホの画面で表示する券の両方で対応できる)こと、(2)交通事業者が安価に発行でき、脱磁気化100%を達成できる媒体であること。

「この両方を満たすのが、QRコードだった」(松本氏)。今回のQR乗車券の仕組みは、乗車券のIDをサーバーで管理するABT(Account Based Ticketing)方式で、従来の磁気券に必要だった高額な読み取り機器が不要になる利点がある。ABT方式は、サーバーやネットワークの性能や信頼性の向上によって、実現可能になったという。

ナビタイム:モビリティ勉強会  阪神電車・松本氏の発表資料より

QR乗車券の実力は?

実用性の評価観点は、QR乗車券が(1)パッとかざせて、(2)サッと判定ができるかの2点。改札機にかざしたとき、反応スピードがICカードと同じ0.2秒程度でできるかを、定量的に判定した。

結果は、スピード感に関しては90%の参加者が「ICカードまたは磁気券と同等」と評価。負荷集中時も1分間に60枚の処理ができ、磁気券と同程度をクリアした。これを受け、「当社の環境では実用的に使用できる」(松本氏)と確認した。

また、QRコードリーダー部分は手首を捻らずにかざせるように斜めに取り付け、画面は大型タイプが利用しやすいことも分かった。また、乗車券に印刷するQRコードの位置は、紙券は中央よりも端。スマホの画面表示でも、裏返したときにQRコードの位置が想定しやすい上部の端にあるものが高評価だったという。

一方で、紙券とスマホアプリでは、スマホの方が評価が低かった。その理由には、スマホを裏返してQRコードを読み込ませるため、QRコードリーダーの前で立ち止まってしまったり、都度アプリを表示させる手間などが挙げられた。改善には「スムーズにQR乗車券を表示できる工夫が必要だと分かった」(松本氏)という。

阪神電車 都市交通事業本部電機部勤務課長の松本氏(中央下)、ナビタイム MaaS事業部部長の森氏(左上)、進行を務めたナビタイム 小田中氏(右上)

鉄道乗車券のデジタル化で広がる可能性

今回の実証実験では、ナビタイムの経路検索の結果からの乗車券購入も実施。他のデジタルサービスと連携する利便性も試した。実証実験を経て松本氏は、「IC乗車券とQR乗車券は置き換わるものではなく、使い分けていくもの」との認識を強めたという。

例えば、日常的に鉄道を利用し、運賃の相場がわかる人はIC乗車券の方が便利だ。一方、不慣れな場所に出かける場合などは、経路検索をして行き方や運賃を調べ、その結果からすぐに乗車券を購入できる方が、安心感がある。「個人や地域でのユースケースを考えながら、乗車券の良い姿を見いだしていきたい」との手ごたえを得たという。

さらに松本氏は、今後のQR乗車券の可能性として、私見としながらも、「デジタル化にとどまらずDXまで到達できれば、当社の直売だけでなく、デジタルサービスの世界で販売できる」とも言及。これまで乗車券は鉄道事業者内の閉ざされた仕組みだったが、デジタルの窓口が開いたことで、「移動手段と目的のセット販売など、他のデジタルサービスで販売していただくことも考えられる。他のサービスとコラボし、お出かけを創出したい」と話した。

具体的には、SNSやリコメンドサービスなどのデジタルサービスコンテンツとの連携や、閑散時間帯の移動に誘導するオフピーク券などをタイムリーに販売する可能性などを展望。振替輸送が必要になった際には、訪日外国人の利用者にスマホを通して母国語で案内するサービスも提供できると考える。

ナビタイムジャパンMaaS事業部部長の森雄大氏も、ABT方式のデジタルチケットの普及で「交通機関がリアルタイムでさまざまな商品を作り、プッシュ通知などでタイムリーに外出創出ができる時代になると思う」と展望。また、経路検索の結果で乗車券購入ができるサービス連携についても、「旅行中の経路検索時にお得な企画券などが提案できれば、旅行者もスムーズに購入できる。観光シーンでも強いポテンシャルがある」との考えを述べた。

ナビタイム:モビリティ勉強会  阪神電車・松本氏の発表資料より

みんなのVOICEこの記事を読んで思った意見や感想を書いてください。