なぜ、世界の高級ホテルはクルーズ事業に参入するのか? 各社の打ち手と戦略を整理した【コラム】

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今春、日本のクルーズ市場において象徴的なできごとがありました。世界的な高級ホテルブランドである「ザ・リッツ・カールトン」の名を冠したヨットコレクションのスーパーヨット「LUMINARA(ルミナーラ)」が、日本に初就航したのです。この航海は、東京を出発し、大阪(神戸)、広島、そして韓国の釜山や世界遺産である済州島(西帰浦)などを11泊で巡り、再び東京へと戻る壮大な旅です。また、香港から鹿児島、大阪を経て東京へと至るルートなども設定されており、本格的なアジア展開が進んでいます。

近年、世界大手高級ホテルチェーンが相次いで自社ブランドを掲げたクルーズ事業(ヨットコレクション)へと参入し、事業を強化しています。しかし、ここで一つの素朴な疑問が浮かびます。「周遊観光で行く旅先、陸上にあるホテルに宿泊してもらうのと、自社のクルーズ船に乗ったまま各地を周遊してもらうのでは、自社ブランド内で富裕層客の取り合い(カニバリゼーション)になってしまうのではないか?」という点です。

大手ホテルチェーンはなぜ、あえて巨額の投資や未知の運営リスクが伴う海上のクルーズ戦略を強化しているのでしょうか。本稿では、主要な外資系ホテルブランドの船の全貌や、日本の国内大手の取り組み状況を紐解きながら、その真の狙いや今後の観光市場における「エコシステム」の行方について分析してみたいと思います。

外資系ホテルのラグジュアリーなクルーズ空間

まずは、クルーズ事業へと進出している代表的な外資系ラグジュアリーブランドの具体的な取り組みを見ていきましょう。各社とも、従来の巨大客船とは一線を画す「洋上の邸宅」と呼ぶにふさわしい空間を作り上げています。

(出所)各社ホームページ等より筆者作成

ザ・リッツ・カールトン

ホテル系クルーズの先駆けとも言える「ザ・リッツ・カールトン・ヨット・コレクション」は、2022年10月に全長190メートルの第1船「エブリマ」を就航させました。149室のスイートを備え、最大298名のゲストを収容します。

さらに、2024年に「イルマ」(224室)、2025年に「ルミナーラ」(224室)と、立て続けに新造船をフリート(船隊)に加えています。これらのヨットは全室がプライベートテラスを備えたスイート仕様となっており、船内ではミシュランの星を獲得したシェフによるメニューなど、ワールドクラスのダイニングが提供されます。

フォーシーズンズ

フォーシーズンズも、イタリアの造船大手フィンカンティエリ社とのパートナーシップにより、第1号となる「フォーシーズンズI」が就航しました。全長207メートル、全95室がスイートという贅沢な造りで、1室あたり420万ドルの建造費を投じています。ゲスト1人あたりの居住スペースは一般的な客船より50%ほど広く設計されています。

中でも最も広い「ファネルスイート」は屋内と屋外を合わせて892平方メートル以上(約1万平方フィート)にも及び、プライベートな水浴び用プールや専用スパエリアも完備されています。また、ミシュラン星付きレストランのシェフを招致するプログラムなども用意されています。

オリエント・エクスプレス(アコー、LVMHの傘下)

「伝説の豪華列車」で知られるオリエント・エクスプレスも、海へと進出します。2026年に就航予定の「オリエント・エクスプレス コリンシアン」は、世界でも類を見ないラグジュアリーな「帆船」です。1500平方メートルのカーボン製リジッドセイル(硬翼帆)を3枚備える特許技術「ソリッドセイル」を採用し、環境負荷を大幅に抑えながら最大17ノットの速度で航行することが可能です。全長220メートルの船内には54室の広々としたスイートが用意され、ミシュランの星を持つヤニック・アレノ氏がエグゼクティブシェフを務めます。

アマン

ラグジュアリーリゾートのアマンは、2027年春に高級モーターヨット「アマンガティ」を就航させる予定です。サンスクリット語で「平和な動き」を意味するこの船は、わずか47室のスイートに限定され、最大ゲスト数は94名という極めてプライベートな空間を提供します。

船内には和のエッセンスを取り入れたシグネチャーレストラン「あかり」や、豪華なヨット業界で最大級となる「アマン・スパ」を備えるほか、「アマン ニューヨーク」にインスパイアされたジャズクラブなども併設され、洋上でもアマン特有の静寂と安らぎ(サンクチュアリ)を体現しています。

「ブティックホテル」のように

これら外資系ブランドが展開する「ホテル系クルーズ」には、巨大プールやカジノを押し出す従来の大型クルーズ客船とは明確に一線を画す、「3つの特徴」が見受けられます。

1. 低密度・高サービス

ホテル系クルーズは乗客数を100名から300名程度に極端に抑えています。その上で、スタッフの数を大幅に増やし、きめ細やかなサービスを提供しています。例えばフォーシーズンズは、「1対1のゲスト対スタッフ比率」を明記しており、ザ・リッツ・カールトンも「ほぼゲストと同数のスタッフ」を配置しています。アマンガティに至っては47スイートに対して充実したチームを配し、各スイートにはあらゆる要望に応える専用のホストが付きます。

2. マリーナ(海面へのダイレクトアクセス)

各社共通の設備として、船尾などに海面へ直接アクセスできる「マリーナ(プラットフォーム)」を備えている点が挙げられます。ザ・リッツ・カールトンは独自の「ザ・マリーナ」を展開し、そこからカヤックやパドルボードなどの水上アクティビティを直接楽しむことができます。フォーシーズンズは、船体の左舷から右舷へと両側に開く業界初の「トランスバース・マリーナ(横長のマリーナ)」を採用しました。アマンガティも「セローラ・マリーナ・アンド・ラウンジ(Selora Marina and Lounge)」を備え、水上に浮かぶ2つのプラットフォームから海とのシームレスなつながりを楽しめます。

3. アセット・ライトな運営

これら多くのホテル会社は、自社で直接巨大な船を造り、保有し、運航するのではなく、造船・運航の専門会社と合弁(JV)を組んだり、ライセンス契約を結んだりしています。いわば、自社は「ブランドの供与とホスピタリティの監修」に特化して財務リスクを分散させるアセット・ライト(資産軽量化)な戦略です。

フォーシーズンズの場合、不動産開発を手掛ける起業家らが設立した「マークヘンリー・クルーズ・ホールディングス」が共同オーナー兼オペレーターを務め、造船はフィンカンティエリ社が担当しています。ザ・リッツ・カールトンやアマンも同様に、別会社がブランドのライセンスを受けて事業を運営する仕組みを採用しています。

国内大手もクルーズ船事業を強化

外資系ホテルがこぞってラグジュアリーヨット市場に参入する中、日本の国内大手企業も独自の切り口でクルーズや海の活用へと動き出しています。

オリエンタルランド

東京ディズニーリゾートを運営するオリエンタルランドは、2028年度の就航を目指してクルーズ事業に参入することを発表しました。同社は、国内最大手の海運会社である日本郵船、および「飛鳥クルーズ」を展開する郵船クルーズとの間で、クルーズ事業の業務提携に向けた基本合意書を締結しました。

オリエンタルランドがテーマパークやホテル運営で培ってきた「非日常の空間づくりや高いホスピタリティ」と、日本郵船グループが飛鳥クルーズなどで積み重ねてきた「運航実績や高い安全技術」を掛け合わせ、「ファミリーエンターテイメントクルーズ」の実現を目指すとしています。

ガンツウ(常石グループ)

 「ホテル(宿)の海上展開」という観点では、常石グループ(TSUNEISHI LAND & SEA INC.)が運航する「ガンツウ(guntû)」の存在も見逃せません。ガンツウは「せとうちの海に浮かぶ、ちいさな宿」をコンセプトに、建築家の堀部安嗣氏がデザインを手がけた船です。シルバー色の船体の中には、わずか17室に限定された全室テラス付きのスイートが用意されています。

船内には海の見える鮨カウンターや、障子越しに光が届くラウンジ、檜の浴槽とサウナを備えた浴場があり、まさに日本の高級旅館の設えとホスピタリティをそのまま瀬戸内海に浮かべたような、世界でも類を見ないクルーズ体験を提供しています。

日本勢と外資の「決定的な違い」とは?

これまで見てきた外資系ホテルブランドと日本勢のアプローチには、事業の根本的な構造において際立った違いがあります。以下の比較表に整理してみました。

(出所)各社ホームページ等より筆者作成外資系大手の最大の特徴は、自社の強固なブランド名とホスピタリティをそのまま海上に移植している点です。例えばザ・リッツ・カールトンのヨットコレクションでは、親会社であるマリオット・インターナショナルの巨大な会員プログラム「マリオット ボンヴォイ」と連携しており、ゲストはポイントを獲得したり、エリートナイトクレジットを受け取ったりすることが可能です。これは、世界中にいるロイヤルカスタマーに向けた新たな「出口」として機能していることが分かります。

一方、日本勢を代表するオリエンタルランドは、自社単独でのブランド展開ではなく、運航実績を数多く持つ日本郵船という異業種のトップ企業とタッグを組む道を選びました。圧倒的なエンターテインメント力を持つ企業が、海上のプロフェッショナルと組むことで、外資が狙う「超富裕層向けの少人数プライベートヨット」とは全く異なる、「ファミリー層」を中心とした新しいクルーズ市場を開拓しようとしています。

またガンツウは、造船・海運を本業とするグループが自前で船を造り、自社で宿として運営するという、外資のアセット・ライト戦略とは真逆の「アセット・ヘビー(垂直統合)」のアプローチを選択し、唯一無二の世界観を築き上げています。

カニバリではなく「シームレスなエコシステム」の構築へ

最後に、冒頭で提起した「クルーズ船の展開は、陸上の自社ホテルと客の取り合い(カニバリゼーション)になるのではないか」という疑問に対する結論を考察します。

筆者は、ホテルとクルーズは決して「シェアの奪い合い」をする関係ではなく、むしろ顧客を自社ブランドの世界観の中に留め続けるための「シームレスなエコシステムの構築」に向かっていると考えています。

富裕層の旅行者は、常に新しい体験を求めています。彼らが「今回は海へ行きたい」と考えたとき、自社ブランドに船のラインナップがなければ、他社のクルーズ船に顧客を完全に奪われてしまいます。しかし、自社の名を冠した最高峰のヨットを用意しておけば、陸上のラグジュアリーホテルを愛用する顧客が、海上でも同じ水準の卓越したサービスを安心して享受できます。ザ・リッツ・カールトンがポイントプログラムを連携させていることからも分かる通り、これは顧客のロイヤルティを高め、ブランド経済圏の中で末長く循環してもらうための極めて合理的な戦略なのです。

また、ガンツウが瀬戸内海の寄港地の文化や風景と船内をひと続きの体験として繋いでいるように、今後は海と陸の体験は決して分断されたものではなくなります。自社ブランドのヨットで海を渡り、寄港地にある自社系列のラグジュアリーホテルに宿泊するといった、海と陸を連続的に楽しむ壮大な旅行パッケージも進むと見られます。

大手ホテルが目指しているのは、単なる船の運航ではありません。ゲストの「24時間の可処分時間」、ひいては「旅行の全期間」を自社のブランドで包み込むという、ライフスタイル提案の拡張なのです。この「海と陸の融合」という次世代のエコシステムが、今後の観光市場や富裕層ビジネスをどのように塗り替えていくのか、引き続き注視していく必要がありそうです。

山川清弘(やまかわ きよひろ)

山川清弘(やまかわ きよひろ)

東洋経済新報社編集委員。早稲田大学政治経済学部卒業。東洋経済で記者としてエンタテインメント、放送、銀行、旅行・ホテルなどを担当。「会社四季報」副編集長などを経て、現在は「株式ウイークリー」編集長。著書に「教養としての三菱・三井・住友」(飛鳥新社)、「ホテル御三家」(幻冬舎新書)など。

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