ブッキング・ドットコムの未払いトラブル、今起きていること、宿泊施設が考えるべきことを整理した【コラム】

旅館経営者の永山久徳です。

今年夏頃から、世界大手オンライン旅行会社ブッキング・ドットコム(Booking.com)による宿泊事業者への支払い遅れの問題が表面化しています。日本では、とうとう宿泊事業者が集団訴訟を起こす事態にまで発展してしまいました。

そもそも、何が起きているのか?

今回の件は、日本の旅行業法が適用されない外資系のオンライン旅行会社(海外OTA)と日本の宿泊事業者の間でおきているBtoB取り引きでのトラブルです。宿泊施設がブッキング・ドットコムを介して旅行者に客室を販売し、宿泊サービス提供後にブッキング・ドットコムから支払われるはずの宿泊代金の入金が大幅に遅れているという事態です。

今年夏頃から宿泊事業者から入金遅延の声が聞こえ始め、9月になるとテレビなど大手メディアが報じ始めました。10月10日には、ブッキング・ドットコムが正式に取引先に対して謝罪。今回の入金遅延の理由と経緯を説明しました。

その謝罪文によると、今回の支払いの滞りはオンライン上の安全性とセキュリティを確保するための新たな決済プラットフォームに移行する過程で発生したものだといいます。大半の支払い作業はすでに再開されているものの、予期せぬ技術的な問題が発生したために、一部のパートナーへの支払いが遅延していると説明しました。

ブッキング・ドットコムは、取引先に直接連絡窓口を設けて対応しましたが、事態は収束せず、10月20日には「一部報道について」という文書を公表し、再度、謝罪と経緯の説明をするに至りました。その文書には、以下のような一文があります。

「ブッキング・ドットコム・ジャパン株式会社は、Booking.com B.V.をサポートする会社として存在しています。法人機能の中ではBooking.comプラットフォームでの決済の運営や管理には関与していません。」

同社の日本支社は、オランダ本社をサポートする存在であって、トラブル解決のための決済運営や管理はオランダ本社が行っているということです。

そもそも、日本には旅行者を保護するために、旅行業者を監督する法律として旅行業法があります。日本で旅行業を営むためには、旅行業法で定められた旅行業登録を行う必要があります。日本で知名度の高いOTAの中にも、「旅行商品の販売サイトではなく宿泊施設と利用者の仲介システムに過ぎない」という理屈からこの旅行業登録を行っていない事業者が存在します。海外OTAには、特にこのケースが多いのです。

つまり、日本で旅行業登録を行っていない海外OTAは、旅行業法の対象外となります。本拠地の法に依るべきという原則もありますが、そもそも旅行業法では海外OTAを日本人が利用することを想定されておらず、海外OTAとのトラブルから消費者を守るという概念が薄いのです。もっと言えばこの旅行業法は、事業者間のトラブルを解決したり仲裁したりするものでもありませんが、運用にあたって所属団体への供託金制度などもあり、万一の場合の救済機能は果たしていました。

ブッキング・ドットコムは、日本国内では旅行業と呼ぶことができず、法で守られていない以上、利用者も自己責任で利用することが求められる一方、事業者においても商取引ではより慎重であるべきでした。

入金遅延の発生時、とるべき対処は?

今回、集団訴訟に踏み切った宿泊施設の中には、3か月分の入金が無いケースや、遅延額が数千万円に上る事例があるようです。こうした事態は、同業者として確かに大変なことだと思います。宿泊施設の経営に影響を及ぼす重大な事態です。

しかし、なぜそこまで傷が広がってしまったのでしょうか。世界大手といわれる企業を信頼しすぎてしまったからでしょうか?振り返ってみて傷が広がる前にできることはなかったでしょうか。

例えば、私が海外出張などでユーザーとして海外OTAを利用する時、稀に「宿泊施設の事情により予約を取り消します」との通知が来ることがあります。ブッキング・ドットコムの規約を検証してみる必要がありますが、すでに入っている予約を宿泊施設側から断ることは可能なのではないでしょうか。つまり、入金が予定通り実行されていないと認識した時点で、その後の予約を宿泊施設側からキャンセルするアクションがとれなかったのか振り返る必要があると思います。もし危険だと感じたのであれば、先々の販売を止める必要があったと考えられます。それによって、支払い遅延の金額を低くできた可能性があるからです。

一般的な物品を販売・納品する業者であれば、取り引き相手からの支払い遅延が一回でも発生すれば即要注意先として扱うでしょう。相手に電話してもサポートセンターなどを経由してうまく伝わらない、納得できる回答が得られない場合であればなおさらです。有名企業だから、大企業だから、何かの間違いだろう、そのうち何とかなるだろうと過信してしまう気持ちは誰にもありますが、経営に影響するくらいの遅延を自衛できなかったとすれば警戒心の薄さもトラブルを引き起こした遠因かも知れません。

販売チャネルの分散化、ポートフォリオは永遠の課題

宿泊施設にとって、販売チャネルの分散化は永遠の課題となっています。過去には、旅行会社1社に送客を依存していた宿泊施設が、その旅行会社との関係が悪化したことによりあっという間に窮状に陥ったケースがいくつもありました。

また、宿泊販売の主戦場がリアルからOTAにシフトした後も、売りやすい数社に販売を集中させたことで、力を付けたOTAから従前より不利な契約内容に変更を迫られるなど、宿泊施設は何度も苦い経験をしてきました。

例えば発電方法にしても、工場における部品の供給元にしても、一つにまとめれば経営効率は上がりますが、あえて分散させることでリスクが軽減されることは理解できるはずです。海外サイトはその管理も手間がかかるため、売れるサイトに集中することは一見効率的で成果も出やすいですが、今回のようなトラブル発生時には一気に危機に変わります。私も、旅館経営者として他人ごとではありません。再度、足元を見つめなおすべきだと思っています。

インバウンド急増の今こそ、考えておきたいこと

コロナ後のインバウンド急増で、再び宿泊事業への参入が増えてきました。多くの外国人が日本を目指して来る中、商機を掴みたい気持ちはわかります。しかし、ほんの1年前まで、インバウンドに頼っていた宿泊施設は青色吐息でした。

それ以前、韓国や中国との関係悪化や、SARSなどの感染症発生、インバウンドの環境は目まぐるしく変化してきました。地政学的リスクや為替や経済環境も含めて、海外の需要を的確に判断することは、どんな識者にも難しいことといえます。新規参入は、そのリスクを理解した上でのチャレンジであるべきだと思います。

今回のブッキング・ドットコムのトラブルに関しても、訴訟にかかるコスト、オランダ本社との折衝にかかる時間や手間を考えると、基本的にはブッキング・ドットコムを信じて待つしかありません。訴訟に勝ったところで、支払いをするかしないかは実質的に先方の判断となるのは変わらないのが現実です。

今後も外国人旅行者にとってブッキング・ドットコムは、旅行予約で欠かせないOTAであり続けるでしょう。今回のトラブルを忘れずに、宿泊施設は海外OTAとの取り引きについてメリットとリスクを見極めながらお付き合いしていくべきです。一日も早く解決するよう注視します。

永山久徳(ながやま ひさのり)

永山久徳(ながやま ひさのり)

下電ホテルグループ代表/元全旅連青年部長/日本旅館協会政策委員長/岡山県旅館ホテル生活衛生同業組合理事長。旅館業界の課題解決を数多く手がけ、テレビ出演、オンライン媒体での執筆多数。岡山県倉敷市出身、筑波大学大学院修了。

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