日本有数の「ものづくりのまち」として栄えてきた福井県越前市。今も、越前和紙、越前打刃物、越前箪笥などの伝統工芸は地域の産業を支えている。越前市では、その「手仕事」をクラフトツーリズムとして観光コンテンツ化することで、観光客を呼び込むとともに、構造的な課題を抱える伝統産業を支え、地域の活性化につなげる取り組みを進めている。
市と越前観光協会が展開するターゲットを絞った誘客と地域や職人たちに配慮した施策は、徐々に、その成果が現れ始めている。その取り組みと越前市が観光で目指す姿を取材した。
越前市観光振興プランで「手仕事」を強調
越前市は、北陸新幹線の延伸による「越前たけふ駅」の開業(2024年3月)と越前市で一時暮らした紫式部が主人公となるNHK大河ドラマ「光る君へ」の放映(2024年)を、観光客誘致の大きなチャンスと位置付けた。
市では、2023年に5年間(2023年度~2027年度)の「越前市観光振興プラン」を策定。そのなかで、市が目指す方向性として「手仕事の価値を生かした文化・観光・経済の好循環」を打ち出した。同市産業観光部観光誘客課主事の軽部有輝氏は「旅行者をただ誘客するのではなく、観光を伝統産業の支援という地域課題を解決するための手段として考えた」と話す。
その方向性のもと、ターゲットを手仕事の価値に共感してもらえる層に絞り込んだ。具体的には、インバウンド富裕層や伝統工芸を活用したアートワークなどを制作するクリエイターを重点ターゲットに設定。越前市観光協会事務局次長の宮地広樹氏は「前のプランでも市の特徴として手仕事を観光振興のコンセプトに入れたが、全体の中の一つとして位置付けられていた。現プランでは、市の強みとしてかなり強く打ち出した」と説明する。
失敗から学んだ、きめ細かいアプローチ
観光誘致の実働部隊である越前市観光協会も以前からクラフトツーリズムを進めてきた。しかし、さまざまな失敗も経験したという。
過去に受け入れ体制が整っていないにも関わらず、旅行者を受け入れたことがあった。同協会の上城戸佑基氏は「旅行者が多く来訪すれば、お金も落ち、伝統工芸の事業者も嬉しいだろうと、工房にも立ち寄るウォーキングツアーを催行した。しかし、参加者の伝統工芸への関心は薄く、後から『俺らは客寄せパンダじゃないんだ!」と、ひどく怒られた」と明かし、「地域とのコミュニケーションが不足したまま、旅行者だけを呼び込んでしまった」と失敗を振り返る。
工房の本業は、ものづくりで観光施設ではない。本業の傍らで観光客を受け入れてもらうためには、丁寧な説明と理解が求められ、さらに関心のある旅行者と工房や職人をマッチングさせることが必要だと気づいたという。
その後、コロナ禍のタイミングで、観光協会は各工房にアンケート調査を実施。すると、工房によって微妙に観光に対するニーズが異なることがわかったという。例えば「本音で言うと、仕事につながる旅行者に来てほしい」「社会貢献につながるなら受け入れてもいい」「課外授業なら無償で受け入れてもいい」など、「観光」に求めることはさまざま。上城戸氏は、クラフトツーリズムを進めるにあたり「今、肝に銘じているのは、『観光は手段であって目的ではない』ということ」と力を込める。
(左から)越前市の軽部氏と大塚氏、越前観光協会の宮地氏と上城戸氏
価値を最大化するストーリー、消費拡大の仕掛けとは?
現在、越前市には和紙の事業者が40~50軒、打刃物で20~25軒、箪笥で12~13軒ほどあるが、通年で観光客を受け入れる事業者は十数軒。上城戸氏は「職人たち、事業者間の横のつながりは強いため、今後は成功例を聞いて受け入れ事業者が増えるのではないか」と期待をかける。
しかし、その受け入れ頻度は、本業優先のため事業者によってさまざまだ。そのため、観光協会もアナログ的な対応が求められるという。宮地氏は「こちらから工房を手配するのではなく、本業を一時的に止めてしまうことになるため、まずはアポイントを取らせてくださいと頼みに行く」と話す。
また、旅行会社やDMCに対して、参加者のプロフィールを事前に共有してもらうことにしている。職人さんたちは、どのような人が自分の工房を訪れるのか不安を持つ事が多い。グループの人数、年齢構成、興味、前後の旅程などを前もって伝えることで、有意義な対応が可能になるという。
さらに、宮地氏は、経済効果の面から「その旅行者は、何に価値を見出すのかもマッチングさせる必要がある。特に富裕層は、その価値にお金を払う」と話す。見学料についても、作業を止めることによる逸失利益を補填するという意味で、今後さらに上げていくように事業者に働きかけているという。
宮地氏は消費拡大の仕掛けとして、市内の旅程の順番にも気を遣っていると明かす。ストーリー化だ。例えば、まず和紙の神様をお祀りする紙祖神岡太神社・大滝神社で越前和紙の歴史の話から入り、文化施設で和紙の基本的な材料や製法の話、そうした基礎知識を持って職人に会いに行く。「すると、その職人のファンになって、その人が制作したものを購入する動機が高まる」と話す。
越前市を拠点とするクリエイター集団も誕生
重点ターゲットであるトップクリエイターの誘致でも成果が出ている。越前市を拠点に活動するクリエーター集団も出てきた。デザイナー、家具製作、メーカー、小売など異なるバックグラウンドを持つ4人組「閃(せん)」は、それぞれの専門性を交差させながら、地域ならではの素材や文化を通して新たな価値の創出を目指している。いわゆる、関係人口として地域とのつながりを深めている。
宮地氏は「越前市でクリエイティブな活動をして、越前市のことを発信していく流れができつつある。それはとても嬉しいこと。感化された県外のクリエイターが来ることもあるだろう」と今後の展開に期待する。
また、観光協会は内装資材業界やインクジェット業界向けに越前和紙の視察ツアーも実施するなど、クリエイターだけでなく越前市の伝統産業と親和性の高い業界との繋がりも深めていこうとしている。
にぎわいを創出するまちづくり事業も
越前市では、観光振興プランと並行して、まちの賑わいを創出する施策も進めている。その一つが「越前和紙バレー創造事業整備計画」だ。紙の文化博物館、卯立の工芸館、パピルス館といった施設が集まる「和紙の里通り」を基点に、和紙の神様が祀られる紙祖神岡太神社・大瀧神社までをメインストリートと位置付け、街歩きエリアを整備する。2023年度から6年計画で進めている。
越前市産業観光部観光誘客課副課長の大塚宏之氏は「現在、『和紙の里通り』以外は、休憩所もキャッシュポイントもないのが現状。もう少し人が集まるようなエリアとして整備して、民間事業者の動きが出てくることを期待している」と話す。
紙の文化博物館、卯立の工芸館、パピルス館が集まる「和紙の里通り」
越前和紙バレー創造事業整備計画の成果の一つとして、このエリアに2025年11月に新しい宿泊施設「SUKU」が越前和紙を体感する工芸宿というコンセプトで開業した。古民家を改修した全3室の小規模な宿だが、伝統的な越前和紙の技と現在のデザインが調和した空間で越前らしい世界観を創り出している。大塚氏によると、近くに二棟目の宿の開業も計画されているという。
大塚氏は、今後について「事業によって景観が変わることも考えられる。大切なのは地域住民の人たちとしっかりと話をしながら、整備をすすめていくこと」と話し、賑わいの創出とともに地域との共存を重視しながら、まちづくりを進めていく考えを示した。
SUKUの3部屋は、和紙の原料である「楮(KOZO)」、「三椏(MITSUMATA)」、「雁皮(GAMPI)」と名付けられた
課題は、観光の足としての地域内の交通だ。例えば、JR武生駅から和紙の里通りまでは約8キロ離れている。これまで、大河ドラマ「光る君へ」による特需に合わせた定額タクシーを支援する施策などを進めてきたが、時限的なものにとどまっている。住民の足が自家用車である越前市では、来訪者向けの足はレンタカー、タクシーに限られる。
軽部氏は、ハイヤーの手配で対応可能な高付加価値旅行者以外向けの域内交通は長年の課題となっているという認識を示したうえで、「何かしらの実証を行い、データを収集・分析しながら、課題解決を検討していきたい」と意欲を示した。
「越前鳥の子紙」がユネスコの無形文化遺産に
越前市は2025年10月、ユネスコが運営する「ユネスコ創造都市ネットワーク」に、クラフト&フォークアート分野で加盟することが決定した。加盟都市との交流によって、越前市の伝統工芸の新たな分野への展開が期待される。
また、12月には「越前鳥の子紙」がユネスコの無形文化遺産の「和紙 日本の手漉(てすき)和紙技術」に追加登録された。すでに世界的にそのクオリティが認められている越前和紙の認知度がさらに世界に広がりそうだ。
観光協会や国内DMCを通じたインバウンド高付加価値旅行者は年々増加している。また、和紙の里通りでも個人旅行と見られるインバウンド旅行者を見かけるようになってきた。地場の伝統産業を観光コンテンツとして磨き上げ、その価値に共感する旅行者にターゲットを絞ったクラフトツーリズム。越前市は、等身大の観光振興で旅行者を呼び込み、地域と産業を活性化させている。
聞き手:トラベルボイス編集長 山岡薫
記事:トラベルジャーナリスト 山田友樹

