訪日外国人を取込むマーケティング、多言語サイトはどこまで対応するのが最適か?

こんにちは。マーケティング・コラムニストの野田彩子です。

昨年のコラムでは「自分の強み」を活かし、台湾向けリスティング広告を実施したホテルの成功事例をご紹介しました。

こうした自発的なプロモーションを実施する前に、まず情報発信の基盤となる「自社のウェブサイト」を他言語化しておくことが最初の一歩です。

この時、「せっかく英語を作るなら、韓国語・中国語(簡体字・繁体字)まで準備しよう」となるか、「まずは英語がわかる旅行者だけでいい」とするのか、「ヨーロッパからのお客様が多いから、ドイツ、スペイン、イタリア、フランス語も準備しておこう」となるのかは、事業者ごとのニーズや考えで大きく異なります。

そこで、今回は「自分たちは、将来どの国まで、どのサービスを広げていくのか」という点で、この問題の参考になる考え方をご紹介します。マーケティング全般の中でも、まず考えるべき「企業戦略」のうち「事業領域の選定」にあたります。

この考え方を、日本のインバウンド市場における「ウェブサイトの多言語展開」にあてはめ、一つずつみていきたいと思います。

▼「サービス業」における集中戦略とは

「サービス」には、インバウンドに直接関わる旅行会社、ホテル・旅館などの宿泊や交通・飲食関連、そして観光施設などのように「商品としてサービスを提供」する事業者だけではなく、メーカーや小売業において旅行者に提供するアフターサービスなど「形のある製品に伴うかたちで提供するサービス」もあります。

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※資料: Robert Jonston (1996) “Achieving Focus in Service Organizations”, The Service Industries Journal, 16 Jan., pp.14-16.をもとに筆者作成

縦軸の「提供するマーケットの数」は、インバウンドにおいて「(自らアプローチしていく)対象国」、横軸の「提供するサービス・プロダクトの数」は、一つの事業者が持つサービスの種類と想定します。

例えば、

  • 左上:あらゆる国に、限定したサービスを提供(旅行・宿泊・交通・飲食など)→「サービス集中戦略」
  • 右上:あらゆる国に、あらゆるサービスを提供(大手ECサイト、検索サイトなど)→「非集中戦略」
  • 右下:限定した国に、あらゆるサービスを提供(○○人向けに複数サービス)→「市場集中戦略」
  • 左下:限定した国に、限定したサービスのみを提供(○○人専門○○会社)→「完全集中戦略」

といった事例が考えられます。

▼自分の会社はどのタイプで成長していくのか?

これらのメリット・デメリットを、それぞれ考えてみましょう。

左上の「サービス集中戦略」は、「あらゆる国向けに、限定したサービスを提供」することです。サービスを限定しても、多くの国からの旅行者に売ることができるので「規模の経済性」は働きます。

一方で、対応する国が増えると、各言語のサイン等の表記、ウェブサイトやパンフレットの制作、対応スタッフの採用などが必要で、販売促進における活動費用がかさむことがデメリットです。

インバウンドでは多くの事業者がこれにあたると思いますが、特に公共性の高いインフラや運輸などは「ニーズのある言語には出来るだけ対応する」ことが目標となるでしょう。例えば日本航空は、昨年の段階でこれまでの日英2カ国語から、一気に12カ国語対応となりました。

右上の「非集中戦略」は、「あらゆる国に、あらゆるサービスを提供」します。市場を限定しないので、訪日旅行者が増える分、対応する国を増やせば増やすほど、継続的に売り上げがアップする可能性があります。一方で、各サービスをあらゆる国・言語に向けて展開するには、膨大な費用がかかります。また、「どの国でもニーズがある」ことが前提のため、万人受けするサービスの場合が多いでしょう。

日本のインバウンド市場における事例では、トラベルのみならず「自社の経済圏」を世界に広げていく楽天が一番近いように思います。

右下の「市場集中戦略」は、「限定した国に、あらゆるサービス」を提供します。旅行者は、同じ事業者に複数のサービスを「お任せ」できるため、満足度は高くなる場合が多いでしょう。その国からの旅行者の間で、口コミで広がることも想定されます。

一方、サービス提供側には細かな顧客のニーズを把握し、より深いレベルでお客様と関係を構築することが求められます。

インバウンド市場では、東京及びインドネシアの首都ジャカルタでITビジネスを展開しているアジアクエスト社が、インドネシア人に向けたインドネシア語での訪日旅行情報ウェブサイト「Jalan-Jalan ke Jepang」(「日本へ旅行に行こう!」の意味を持つインドネシア語)を展開しています。

「限定した国に、あらゆる(複数の)サービス」という意味では近いのではないでしょうか。このウェブサイトの提供言語は「インドネシア語」のみで無駄がなく、複数ビジネスにおいて「インドネシア」に特化している強みを活かしています。

左下の「完全集中戦略」は、「限定した国に、限定したサービス」のみを提供します。その国の特性や旅行者のニーズを汲み取りやすく、旅行者からは高い評価を受けることもできます。また、その分野に特化し、経験を重ねてノウハウを磨くことで、同分野に競合他社が参入しにくくなります。

一方で、マーケット(対象国からの旅行者)が小さすぎると、事業として成立しないリスクがあります。

インバウンド事業においては、前述の「インドネシア人に向けたインドネシア語での訪日旅行情報ウェブサイト」は旅行者向けのみを考えるとこちらに入ると思います。また、「これまで(自分の国である)日本人のみを対象としている、特定サービスの事業者」は、多くがこちらにあたるといえます。

どんなに良いサービスを提供していても、その情報が「日本語」でしか発信されていないと、世界の人が見るインターネット上では「限定した国に、限定したサービスのみを提供」している状態であり、見つけてもらうことは出来ません。

日本(自分が住む国)に特化して、一つのサービスを提供するので、国自体が成長しているうちは良いですが、その対象となるターゲットが減少してしまうと、事業が成立しなくなることもあります。

以上4つのパターンをみてみましたが、通常は「自社の強みを最も活かせるひとつorいくつかの国に対して特定のサービスを提供」(左下:完全集中戦略)からスタートし、徐々に「対象国を広げていく」(上のサービス集中戦略に向かう)が多いと思います。特定の国に強みがある場合は、新たなサービス・プロダクトを追加していく(右の市場集中戦略に向かう)、のいずれかになるのでしょう。

一方、自発的に動くプロモーションの場合は優先順位をつけることが必須ですが、お客様と接する「現場では出来る限りの要望に応える必要がある」という状況も多いと思います。

これは東京都による飲食店向けの事例ですが、12言語から5ヶ国を選び、多言語メニューや指さし会話シートの作成を無料で支援してくれるサービスがあります。各地でこのような支援や助成も進んでいくと思います。

こうしたサービスを活用しながら、

  1. おもてなしの現場レベルで対応する国・言語
  2. 自発的にプロモーションを仕掛けていく国・言語

について、一度「自分たちは、将来どの国に対して×どのサービスを広げていきたいのか」という大きな視点で考えてみると良いのではないでしょうか。すると、適したタイミングでのウェブサイトの多言語化、多国籍人材の採用、具体的なインバウンド・プロモーション施策の優先順位が見えてくると思います。

【今日のワンポイント】

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つのサービス・コンセプト: 「商品としてサービスを提供」または「形のある製品に伴う形で提供」される「サービス」を、提供するマーケット数(インバウンドにおいては対象国)×提供するサービス・プロダクト数を用いて整理する考え方。

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