Jリーグ屈指の鹿島アントラーズがDMOを立ち上げた理由とは? その背景と自走に向けた仕掛け、コロナ禍の今を聞いてきた

Jリーグ優勝8回、Jリーグカップ優勝6回、天皇杯優勝5回、ACLチャンピオン1回など数々のタイトルをとってきた鹿島アントラーズ。Jリーグのなかでも屈指の強豪クラブチームだが、そのホームタウンである茨城県鹿嶋市、潮来市、神栖市、行方市、鉾田市の鹿行5市の人口は約27万人(2017年度)にすぎず、全国の地域と同様にさまざまな課題を抱えている。

その地域課題を観光の力で解決しようと、鹿島アントラーズは2018年4月に地域連携DMO「アントラーズホームタウンDMO」を立ち上げた。地域創生に力を入れるJリーグの各クラブチームは、試合の集客だけでなく、ホームタウン活動として地域課題の解決に取り組んでいるが、地元を旅行先として選んでもらうためにDMOを立ち上げたのは「アントラーズホームタウンDMO」が初めてだ。

※編集部より:本記事の取材は2020年2月中旬、まだ新型コロナウイルスの感染拡大はそれほど深刻ではない時期に行ったもの。記事の最終では、コロナ禍における現状について追加取材を実施した内容を掲載しました。

「アントラーズ」ブランドで地域課題の解決を

鹿行地域は、首都圏からの交通アクセスが悪く、昔は陸の孤島と呼ばていたという。主な産業は、住友金属(現日本製鉄)の製鉄業、農業、太平洋に面した鉾田、鹿島、神栖での漁業だが、Jリーグが発足する前年の1991年に、住友金属サッカー団を母体として鹿島アントラーズが創設されたことで、この地域に新しい文化が生まれた。

鹿行5市は、鹿島アントラーズに7.6%を出資する株主でもある。そのなかで、鹿嶋市が「鹿行でも観光による地方創生をやっていこう」と観光庁が進める日本版DMOに手を上げた。その実働団体として鹿島アントラーズに話が持ちかけられたのが2016年のことだ。アントラーズホームタウンDMO事務局長の岡本文幸氏は「鹿島アントラーズが数々のタイトルを取り、全国的に人気が高まったことで、『アントラーズ』というブランドができあがった。5市がそれぞれで観光促進をやるよりも、ブランド価値を持つアントラーズをハブとして、ひとつにつなげた方が効果的な活動ができる」とDMO設立の背景を説明する。

鹿行地域が抱える地域課題は全国の地域の課題と同じだ。人口減少、少子高齢化、二次交通、経済活性化・・・。そのなかで、鹿島アントラーズは設立以来、外から地域に若い人たちを呼び込む機能を果たしてきた。しかし、1年のうちでホームゲームが開催されるのは多くても30日ほど。民間企業としての鹿島アントラーズの収益のカギは、残りの300日以上でスタジアムをいかに利用してもらうかだ。そのために、スタジアム機能の複合化を推進。整形外科の「アントラーズ・スポーツ・クリニック」、スポーツジム「カシマ・ウェルネス・プラザ」、温浴施設「アントラーズ・トージ」などをつくり、スタジアムの稼働率を上げてきた。

アントラーズホームタウンDMO専務理事の吉田誠一氏は「DMOの発足はその流れのなかにある。さらに人を呼び込む装置として、地域の街づくりや賑わいづくりの役割を果たしていく」と話す。

アントラーズホームタウンDMOは、観光客誘致を進めていくうえで、「今あるものを改めて見つめ直し、ブラッシュアップ」(岡本氏)。スポーツ、アグリ、ヘルス、エコを注力分野として掲げている。そのなかで、鹿島アントラーズというブランドを最大限活かしたスポーツツーリズムで実績を重ねてきた。それには、鹿島アントラーズのホームゲームの集客とサッカーを核とした地域交流人口の拡大が含まれる。

地の利を生かしたスタジアムへの集客策

数々のタイトルを獲得している鹿島アントラーズは全国区の人気チームだが、それでもホームゲームの来場者は一試合平均で2万人ほど。その半数は首都圏など県外からのサポーターだ。逆に言うと、土日の試合は来場者は多いが、平日のナイトゲームになると、アクセスの不便さから、集客に苦労するという。

アントラーズホームタウンDMOは、アクセス改善に向けて、LCCネットワークを広げている成田空港が近いという利点に着目。2018年7月に成田国際空港会社(NAA)とスカイスキャナーの航空券比較検索サービスと連携するスポンサーシップ契約を結び、航空券最安値を随時表示できる特設サイトをオープンした。さらに、成田空港とスタジアム間の移動手段として、千葉交通と京成トラベルサービスと共同でバスの運行も始めた。

「成田からLCCが飛んでいる佐賀、神戸、札幌からの利用者が多く、バス2台を動かすこともあった。アンケートを取ると、サガン鳥栖やヴィッセル神戸などの相手ファンだけでなく、熊本やキャンプ地宮崎のアントラーズファンの利用も多かった」と吉田氏。空港からの二次交通を整備できれば、集客を増やすことができることを実感したという。

また、茨城空港を活用した企画も実施。スカイマークが茨城空港と神戸空港を結んでいることから、カシマスタジアム活用のひとつとして、2019年10月になでしこリーグのINAC神戸レオネッサ対浦和レッドダイヤモンズレディースの試合を企画し、スタジアムツアーなどを組み込む着地型の商品も造成した。「DMOとして、神戸からの旅行者を呼び込む実験的な商品。今年は、航空座席も組み込んだ商品造成にも取り組みたい」と岡本氏は意欲を示す。

このほか、2020年シーズンからはAirXとの協業で、東京・横浜/鹿嶋間のヘリコプター移動とVIPエリアでのホスピタリティ、観戦をセットにしたプレミアムサービス「ヘリコプター観戦プラン」の販売を始めた。専属コンシェルジェによるスタジアムツアー、スタジアム来賓ラウンジでの食事・観戦、お土産などをパッケージ化。アントラーズホームタウンDMOが主催する(新型コロナウイルスのため2月23日以降、試合は中断中)。

鹿行地域の地図(アントラーズホームタウンDM0ホームページより)スポーツツーリズムを中心に団体誘致

サッカーを核としたスポーツツーリズムの推進も広がりを見せており、たとえば、海外ナショナルチームやクラブチームのアンダー世代のキャンプ誘致や国内の大学生や高校生の合宿誘致なども積極的に進め、実績を重ねているところだ。

神栖市には、芝ピッチのサッカー場が多く、海外からの誘致では成田空港が近いこともアピールになる。さらに、この地域での合宿では、アントラーズのユースチーム、筑波大学、流通経済大学などサッカー強豪チームとのマッチメイクが容易なこともウリにしているという。岡本氏は「たとえば、30人のグループで一週間。合宿は宿泊を伴うものになるため、地域も潤う」とその経済効果を強調。今後も、合宿だけでなく、さまざまなスポーツイベントを企画することで、団体の受け入れに注力していく方針を示す。

スポーツに加えて、昨年からは鹿行地域の主要産業である農業をコンテンツとして活用していくアグリツーリズムの取り組みも始めた。昨年11月上旬、JA行方ファーマーズビレッジとの協業で中国からさつまいもの農業研修を受け入れた。上海と北京から18人が参加。3泊の旅程で行方の大規模農園で収穫体験や研修を実施した。

この農業研修の誘致は、鹿島アントラーズのパートナー企業が中国で農業法人を立ち上げたことがきっかけで実現した。岡本氏は「パートナーもスポンサーとして看板やユニフォームにロゴ入れるだけではもう満足しない。消費者が喜ぶ施策をクラブと一緒にやることを求めている。DMOとしては、地方創生を一緒にやっていくことに興味と理解があるパートナーと組んでいきたい」と話すとともに、「それは、地方創生推進交付金が終了した後、DMOとして自走していくために必要なこと」と位置づけた。

エコとヘルスについては、今後の取り組みになる。鹿島市のもうひとつのキラーコンテンツである鹿島神宮を核とした着地型商品をインバウンドと国内の両方で考えていきたいとしている。

アントラーズホームタウンDMOの吉田氏(左)と岡本氏

稼ぐ力で自走するDMOに

アントラーズホームタウンDMOは、着地型観光事業のほかに、電力事業と地域商社事業も展開している。DMO自走化に向けた収益確保のためだ。岡本氏は「地域で稼ぐ力をつけていくためには、3つの分野を同時に進めていくが、DMOのそもそもの目的である交流人口の拡大という文脈では観光事業が大きい」と話し、そのためにはDMOが地域にしっかりと根ざしていることが大切だと強調する。

今後は、DMOのホームページを拡充し、観光地や観光体験だけでなく、地域の食やイベントなどを紹介していく。さらに、観光誘致のハブとなる鹿島アントラーズのホームページでも地域の魅力を紹介していき、DMOの情報とリンクさせることで相乗効果を狙う。

「まずは、この地域を知ってもらうこと」と岡本氏。「一度来てくれた人が毎年この地域に足を運んでもらえるようにしていく。そこをまず固めて、新規マーケットを開拓していきたい」と吉田氏。交流人口の拡大と、その先にある関係人口の創出に向けて、アントラーズホームタウンDMOは自走していく。

[追記] ポストコロナに向けて、国内需要の取り込み強化にシフト

この取材は2020年2月中旬。まだ新型コロナウイルスの感染拡大はそれほど深刻ではなく、インタビューも鹿嶋市のアントラーズホームタウンDMOの事務所まで「外出」して行った。しかし、その後緊急事態宣言が発出されるなど、事態は急激に悪化。Jリーグも開幕戦だけが行われ、2月23日以降は中断が続いた。

その状況のなか、岡本氏に追加取材をしたところ、「事業計画を変更せざるを得ない」との回答。インバウンドでは、実績のある中国サイドと連絡は取っているものの、「今年度の受け入れは難しい」との認識を示した。

一方、国内については前向きだ。「スポーツを軸にしている地域として、コロナ終息後に向けて、大会の造成など着地型による交流人口の拡大に引き続き力を入れていく。また、新たにIT業界など企業研修のセールスも強化していきたい」。このほか、地域課題でもある空家の活用として、アントラーズ戦の観戦客だけでなく、一般観光客向けに民泊施設を立ち上げる計画も明かした。

「観光事業は地域の活性化にとって、非常に大きな要素であることに変わりはない。これまで以上に国内需要を盛り立てる施策を積極的に検討していきたい」。

今後の活動は、Jリーグの再開がひとつのカギになりそうだ。

トラベルジャーナリスト 山田友樹

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