熊本県・阿蘇地域の観光による地域づくりとは? 農業との融合・関係人口・移住/定住・デジタル化まで、その取り組みを聞いてきた

日本を代表する国立公園のひとつ、世界ジオパークに登録されるなど世界的にもその独特の自然環境が評価されている熊本県・阿蘇地域。日本有数の観光地としての歴史は長く、コロナ禍以前は東アジアを中心としたインバウンド需要も高まっていた。

一方で、時代とともにその観光スタイルにも変化が見えている。修学旅行など大型バスによる団体旅行は残りつつも、新しい観光のカタチが阿蘇地域にも根付き始めた。地域資源を生かした観光開発から関係人口の創出へ。未来を見据えたデジタルツーリズムにも取り組む。熊本地震からの復興へ、新たな歩みを進める阿蘇地域の観光政策について、阿蘇市と地域連携DMOの阿蘇地域振興デザインセンター(阿蘇DC)に聞いてきた。

観光×農業で、「阿蘇らしい体験」を創出

阿蘇市をはじめとする阿蘇地域の基幹産業は農業と観光だ。阿蘇市の産業別生産額では農業が多いが、就業者数で見ると、第3次産業は全体の約60%で第1次産業の約18%を大きく上回る(2015年度)。経済波及効果は裾野の広い観光の方がはるかに大きい。

阿蘇地域では近年、その農業を地域の観光資源と位置づけ、集客力を高める取り組みが出できた。阿蘇市経済部部長の阿部節生氏も「昔は農業は農業、観光は観光と別々の動きだったが、今では双方を結びつける機会も増えてきた」と話す。

そのひとつとして、阿部氏が挙げたのが阿蘇山の「野焼き支援ボランティア」。この野焼きは草原を維持していくために行われる伝統行事だが、近年牧草地の維持が難しくなり、人口減少による担い手不足も深刻化している。そのため、公益財団法人「阿蘇グリーンストック」が県内外からボランティアを募っている。毎年3月に野焼きを行うが、それまでに、草原の周囲を帯状に刈り取る「輪地切り」、防火帯づくりの「輪地焼き」など準備期間も長く、活動に加わることは、約半年にわたって阿蘇に関わることになる。「阿蘇地域特有の農業体験や野焼きの景観に関心を持つ人は多い」(阿部氏)という。

また、「阿蘇サイクルツーリズム学校(コギダス)」が、あか牛(赤牛)が放牧されていない期間に野焼きされた牧草地をマウテンバイクで走るアクティビティを仕掛け、「美里フットパス協会」は里山などの田園風景の中を歩くコースを商品化。コースの途中では農家の人たちが接待するなど地元交流の機会も設けているという。

阿蘇DCは、2018年10月に登山アウトドア向けアプリ「YAMAP」とフットパスの利用促進を目的として包括協定を結んだ。YAMAP内に、阿蘇エリアのフットパス専用地図を作成。地図には周遊ルートと観光スポットの情報を盛り込み、ユーザーは歩行記録を測りながら、コース上の情報にアクセスすることができるようになっている。阿蘇DC事務局長の江藤訓重氏は「イベント開催はこれまでは人手が必要だったが、アプリを活用することで、そのハードルが下がった」とデジタル活用の効果を評価する。

このほか、地元農産品と観光を結びつける取り組みにも力を入れている。食では、阿蘇名物として赤牛の評判が高まっており、観光客の間では『あか牛丼』が人気。ふるさと納税で赤牛の返礼品を止めるほど需要が高まっているという。阿蘇市経済部まちづくり課課長の荒木仁氏は「その赤牛に続けて、地産地消として阿蘇市商工会や地元商店街などと新しいメニュー開発や商品開発を進めている」と明かすが、消費者ニーズの変化から、名物として仕掛けるまでの大量生産にはなかなかたどり着かない課題も口にする。

阿蘇市経済部部長の阿部氏(右)と経済部まちづくり課課長の荒木氏(左)関係人口から移住・定住へ、きっかけも多様化

阿蘇市やその周辺町村が、観光客誘致の先に見据えるのが関係人口の創出。そして、さらにその先の移住・定住だ。阿蘇地域も人口の流失が大きな課題となっており、特に熊本地震時には東海大学阿蘇キャンパスが大きな被害を受け、熊本市のキャンパスに大部分が集約されたことから、阿蘇地域から多くの若者が流出した。

「地域力向上」「観光地域づくり」「世界ブランドの確立」を活動の主軸として掲げる阿蘇DCにとっても、関係人口の創出と移住・定住は大きなテーマ。その現実的なマーケットとして福岡に焦点を絞った活動をしている。阿蘇DCが2019年8月にまとめた「阿蘇地域移住意向調査」では、福岡県住民の移住先として最も人気が高かったのが「別府・湯布院周辺」で29.3%。「阿蘇周辺」もほぼ同じ29%となった。

江藤氏は「この結果は、観光との結びつきが強いことの表れ。観光で行ったことがある場所は住むイメージが持ちやすいのだろう」と分析する。阿蘇DCでは、東京でも移住・定住の相談会などを開いているが、観光で訪れたことのある人が福岡などと比べると圧倒的に少ない。「東京では、観光で行ってみたいというレベルで、移住・定住へのリアリティは低い」(江藤氏)。

以前はシニアの別荘族の移住が主流だったが、最近では「豊かな自然の中で子育ちをしたい」という20代から30代の若いファミリー層がの移住も増えてきている。観光での訪問や地域おこし協力隊という入口に加えて、最近では熊本地震でのボランティアで地元と関係を持ったケースも多いという。繰り返しボランティアで訪れると、愛着も湧くし、知り合いも増える。

コロナ禍で、そのIターン移住の希望者が増加。阿蘇地域では特に南阿蘇村が移住先として人気が高まっており、現在100人ほどが待機中だという。江藤氏は「移住の最大の課題は仕事。地方では仕事を組み合わせないと定住は難しい。しかし、テレワークが可能な今、事情が大きく変わってきた」と話し、急激な時代の変化に驚きを隠さない。阿蘇DCでは、Iターンに加えて、地元出身者のUターンにも注目し、地元の友人ネットワークからのアプローチも強化していく考えだ。

さらに、高森町では、移住者が地域活性化に貢献するケースも出てきた。漫画専門の出版社コアミックスが熊本を拠点に女性だけの劇団「096k熊本歌劇団」を旗揚げ。全国オーディションを勝ち抜いた22人の劇団員が高森町に集まり、2021年初春からの熊本市内での常設公演に向け準備を進めている。高森町では旧高森温泉館をレッスン室やマンガ制作スタジオに改修。劇団員は地元で地域おこしにも取り組むという。

「移住の層が変わってきた。移住のスタイルは市町村によってさまざま」と江藤氏。「阿蘇の魅力を発信していくのも重要だが、受け入れ側の熱意も大切。阿蘇DCは、地域づくり、人づくりにも力を入れていく」と続ける。

阿蘇DC事務局長の江藤氏(中央)。本田氏(一番左)は、インスタグラム・フォトコンテストやドローンによるプロモーション動画を手掛けている。将来のインバウンド復活、デジタルツーリズムに向けて

阿蘇地域もコロナ禍で苦しんでいる。特にインバウンド市場の消滅は大きな痛手だ。2019年度の阿蘇市の宿泊数は約60万人。そのうち外国人宿泊者は約15万6000人、全体の約25%を占めていた。

先行きは依然として不透明ながらも、将来的な観光政策の中でインバウンドにかける期待は引き続き大きく、その復活・成長に向けた施策も進めている。

阿蘇くじゅう国立公園が、環境省が推進する「国立公園満喫プロジェクト」に選定されていることから、阿蘇市では公園内のハード整備を進め、インバウンド復活に備えているところだ。主要ターゲットは距離的にも東アジアとなるが、世界でもめずらしい自然であるカルデラをフックとした欧州などからの特別な目的に絞ったSIT(Special Interest Tour)旅行者の誘客も目論む。

また、観光圏整備法に基づき、大分県竹田市と宮崎県高千穂町を加えた「阿蘇くじゅう観光圏」を形成。「阿蘇、九重、高千穂、別府、湯布院、黒川、国東半島までの中九州ゴールデンルートを新しい観光ブランドとして売っていく」(江藤氏)。現状インバウンドへの訴求は難しいが、まずは国内で中九州ルートの認知を上げていく。

一方で国内、インバウンドを問わず課題もある。どれだけ長く阿蘇地域に滞在してもらうかだ。

宿泊では、知名度の高い温泉地の別府や湯布院に流れてしまう。そこで、阿蘇市の阿部氏は、阿蘇地域の最大の観光資源は自然としたうえで、「ガイドツアーでプレミアム感を出す体験コンテンツづくりが必要」と話し、そのためのガイド育成にも力を入れていく考えを示す。

また、阿蘇DCの江藤氏は「阿蘇には国際的なホテルがない。欧米から誘客するとき、そこが弱点になる」との認識を示す。そこで、阿蘇市では、市直営の「阿蘇いこいの村」に外資ホテルを誘致する計画を温めており、コロナ禍が落ち着けば、募集をかける準備を進めている。「地域振興につながる企業誘致のひとつ」(荒木氏)という考えだ。

このほか、阿蘇市は県内のIoTパイロット地域として、キャッシュレス決済サービス、顔認証システム、MaaSなども積極的に推進。よりスムーズで効率的な旅を実現する仕組みを導入することで、地域内での周遊を促していく。

阿蘇くじゅう国立公園という唯一無二の観光資源があり、デジタル化で地域課題の解決に取り組む阿蘇市。そのうえで、「観光は、町づくりがしっかりしていることが大事」と阿蘇DCの江藤氏は話す。「景観も重要だが、活気のあるところに人は来る。出会う人がとても元気だとか、そういう面が観光では大きい」。

観光から関係人口、そして移住・定住へ。阿蘇地域が目指すのは目先の経済効果だけではない。

聞き手: トラベルボイス編集長 山岡薫

記事: トラベルジャーナリスト 山田友樹

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