2025年の世界最大級の国際観光産業トレードショー「ITBベルリン(Internationale Tourismus Börse Berlin)」も、世界の観光関係者を一堂に集める場となった。ベルリン・メッセで開催される同イベントは、1966年にスタートし、60年近い歴史をもつ。観光、航空、ホテル、MICE、テクノロジー、スタートアップなど、旅行産業全体を横断する見本市として知られ、毎年、世界中から旅行会社などのバイヤーやメディア、観光局、観光事業者などが集結する。
2025年の開催では、約180カ国・地域から出展があり、ビジネス来場者数はおよそ9万人に達した。会場では、メッセ・ベルリン社が展開する「ITB」ブランドの世界的ネットワークにも注目が集まった。ITBベルリンを中核に、アジア市場を対象とした「ITBアジア」(シンガポール)、中国市場向けの「ITBチャイナ」、そしてインド市場向け「ITBインディア」など、世界各地で開催されている。2026年には新たに「ITBアメリカ(メキシコ)」も開催される。これにより、ITBブランドは南北アメリカ大陸を含むグローバルカバレッジを実現し、「世界の観光産業見本市の総本山」としての地位をさらに強固にしている。
日本ブース、即日満席となった人気と実利重視の設計
日本政府観光局(JNTO)は、2025年もベルリンにおいて日本パビリオンを展開し、観光関連企業・団体の出展をサポートした。共同出展者は30団体。出展募集は開始直後に40を超える申し込みが殺到し、枠は即日でいっぱいという人気ぶりだったという。
JNTOフランクフルト事務所長の臼井さやか氏は、「2023年に30団体に拡大して以降、出展へのニーズは引き続き高い。自治体や旅行会社、DMC(現地手配会社)が中心だが、ホテル単独で出展するケースも増えている」と語る。出展者の顔ぶれにも変化が見られ、初出展の企業や地域が増加している点も特徴的だ。「日本商品を扱う事業者が確実に増えており、客層もよりグローバル化してきた」と説明する。
出展の背景には、日本ブースの「実利重視」の設計思想がある。華美な装飾を抑え、商談しやすい空間づくりを優先した。「無駄な装飾はやめ、人が入りやすい導線を設計しています」と臼井氏。ブース面積は約200平方メートルで、隣国・韓国の約230平方メートルに匹敵する規模となった。臼井氏は「30団体が入っている時点で相当な密度です。より広げることも可能だが、重要なのは『商談の質』を保つこと」と語る。
JNTOフランクフルト事務所長 臼井さやか氏
国際的バイヤーが集う商談の場、ドイツから欧州全域へ
日本ブースには、欧州を中心に多様な国からのバイヤーが訪れた。ドイツ国内はもちろん、フランス、オランダ、ベルギー、イギリス、アメリカ、東欧、さらには中東やインドからの来場者も目立ったという。臼井氏は「出展者にも、ITBベルリンはドイツだけでなく国際的な商談の場であると事前に伝えた」と話す。
また、ブース外の取り組みとして、初日の夜に在ドイツ日本大使館と連携し、「ジャパンナイト」を開催。自治体や旅行会社などがブースを出し、約90名のメディアや旅行業界関係者が参加した。「大使による挨拶に始まり、インフルエンサーの旅行紹介、北海道・長野のコンテンツ発表などを通じて、日本の多様な魅力を体感してもらえた」と臼井氏は振り返る。
出展者の目的は多様だ。臼井氏は、「ドイツや欧州の旅行会社と関係を継続しながら、新しい商品やコンテンツを紹介する団体もあれば、ヨーロッパ全体を視野に入れて新規市場を開拓する企業もある」と分析する。特にホテル事業者の出展が目立ち、「ヨーロッパではツーオペレーターがホテルと直接契約するケースが少ないため、自社でプロモーションを行う場として活用している」と説明する。
さらに、JNTOとしては「地方誘客」と「万博を契機とした認知拡大」を両立させる戦略を掲げる。「万博をきっかけに大阪や関西に注目が集まっているが、地方の多様な魅力も発信していく必要がある。ドイツ人は自然やアウトドアに関心が高く、地方体験型の旅行への関心は非常に強い」と臼井氏。実際、JNTOはドイツ市場向けのプロモーションで「自然・アウトドア」を3年間連続で重点テーマに掲げているという。
オーバーツーリズムを超えて、地方への誘客と質の高い商談へ
欧州市場では、オーバーツーリズムが社会問題として注目される一方で、地方分散型の観光が新たな潮流となっている。臼井氏は「日本でも京都など混雑地域への対策が進む一方、地方の魅力を体験したいという声が増えている。バランスの取れた観光をどう促すかが鍵」と強調する。
実際、ドイツ人旅行者は初訪日の割合が依然として高いが、リピーターも着実に増加している。「初めての訪日では京都・東京が中心だが、2回目以降は地方への関心が広がっている。北海道や長野の自然体験や沖縄の海は特に人気」と語る。
こうした需要の変化を踏まえ、日本ブースの展示方針も進化を続けている。派手さよりも「実質的な商談の成果」を重視し、関係構築型の場として定着してきた。「日本ブースは地味と言われることもあるが、実際には商談の活気では他国に負けていない。BtoBの本質を重視している」と臼井氏は語る。
その背景には、ITBベルリンという場が単なる展示会ではなく、「世界の観光産業の縮図」として機能している点がある。サウジアラビアやタイなどが巨額のプロモーションを展開する中で、日本は商談の質と関係性構築で存在感を高めている。臼井氏は「広げ続けることが目的ではなく、限られた空間の中で価値を最大化することが大切」と述べ、成熟市場としての次のステージを見据える。
JNTOは、欧州市場の拡大と地方誘客の両立を目指しながら、今後も「実利」と「信頼」を軸に、世界最大の観光見本市の舞台で日本の魅力を発信し続ける。
取材・文: 鶴本浩司



