オンライン旅行会社(OTA)の代表的存在であるエクスペディアは、もともとマイクロソフトの社内プロジェクトとして始まった。マイクロソフトの当時の社員であり、社内起業者であるリッチ・バートン氏は、エクスペディア・グループ会長のバリー・ディラー氏との対談で、その原点を、インターネット黎明期の技術革新という大きな潮流だけでなく、自らが出張者として感じていた日常的な不便にあったと振り返る。
創業の核心からマイクロソフト社内で見えたインターネットの可能性、9.11後の買収完了という複数の転機を経て、巨大なオンライン旅行企業へと進化するまでの道筋を、2人の対談からひもとく。対談は、同社のパートナーイベント「explore 2026」でおこなわれた。
インターネットが「起こり始めていた」黎明期
バートン氏がマイクロソフトに在籍していたのは、インターネットが「起こり始めていた」時代だ。
同氏は「私には、インターネットが多くの産業を加速させ、再構成し、破壊していくものだということが、明らかに見えた」と語る。そのなかで旅行は、技術によって利用者側に主導権を移すことができる領域だった。
きっかけは、頻繁な出張だった。バートン氏は、マイクロソフト社内のトラベルデスクに電話をかけ、「シカゴに行き、ニューヨークに行き、アトランタに行き、シアトルに戻りたい」と旅程を伝えるたびに、電話の向こうでキーボードを打つ音を聞いていたという。そのとき、相手の前にはコンピューターがあることを理解しながら、自分自身はその画面を見ることができなかった。
バートン氏は、その体験を「私は電話の向こう側に飛び込みたかった。彼女がコンピューターを持っていることは分かっていた。私はそのコンピューターを見て、自分で操作したかった」と語る。ここに、後のエクスペディアにつながる発想があった。旅行会社や社内の手配担当者が専有していた情報と操作権限を、一般の旅行者に開放するという考え方である。
これはすなわち、インターネットを単なる情報閲覧の手段ではなく、旅行者が自ら選択し、比較し、予約するためのインタラクティブな道具にするという構想だ。「私が持っていたアイデアは、人々に力を与えること。エクスペディアは、基本的に思想から、マイクロソフトの社内で生まれた」と語る。
エクスペディア創業者のリッチ・バートン氏。起業時はマイクロソフトの社員
マイクロソフト社内で生まれた「旅行者に権限を戻す」構想
このように、エクスペディアの初期構想には、旅行業界の当時の構造に対する強い問題意識があった。
1990年代の旅行手配は、旅行会社や企業内の担当者が端末を操作し、旅行者は電話越しに希望を伝えるという形が一般的だった。バートン氏が着目したのは、旅行者本人が最も旅程を知り、最も細かく比較したいにもかかわらず、実際の操作から切り離されているという点だ。
構想を象徴する言葉として、バートン氏は「人々に力を与える(give power to the people)」という表現を使う。実際、エクスペディアは、旅行者が自分で画面を見て、自分で旅程を組み、自分で購入するという行動変容を前提に設計されてきたサービスだ。
バートン氏は、旅行商品の購買行動についても、一般的な業務処理とは異なる性質を見ていた。レジャー旅行の計画は、単なる予約作業ではなく、消費者にとって楽しみであり、憧れを膨らませる時間でもある。同氏は「個人旅行者は、少なくともビジネスではない旅行の買い物を、エンターテインメントとして扱う」と話す。旅行計画そのものが、旅行体験の一部になるという見方である。
この視点は、エクスペディアの初期広告にも表れていた。バートン氏は、初期の印刷広告として、夜、パジャマ姿の人がコンピューターの前に座り、ブラウン管画面の光を浴びている表現を使った。旅行者が営業時間に縛られず、夜間でも自ら旅行を探せるという価値を示すものだ。
同氏は、エクスペディアを使うことで旅行者が従来よりはるかに長い時間を旅行計画に費やすと見ていた。「平均的な旅行者は、以前と比べて100倍の時間を、エクスペディアで旅行計画に使うようになると分かっていた」(バートン氏)。これは、単に予約を効率化するだけでなく、旅行者の検討時間、比較行動、期待形成の場をオンライン上に移すという意味である。
こうしてエクスペディアは、1996年にサービスを開始した。
スティーブ・バルマー氏に迫ったスピンアウト
エクスペディアの成長に向けて、次に焦点となったのが、マイクロソフトからの独立だった。
バートン氏は、当時の上司で幹部だったスティーブ・バルマー氏に対し、エクスペディアをスピンアウトさせ、自ら独立して進めるべきだと説得した。創業期の社内起業が大企業から離れていく瞬間だ。
バートン氏はバルマー氏に「エクスペディアをスピンアウトさせ、私を独立させるべきだ。私たちは世界最大の旅行販売会社になれる。人々に力を与えることができる」と訴えたという。同時に、マイクロソフトが本質的に旅行会社になりたいわけではないことも指摘した。「そもそも、あなたは旅行会社になりたいわけではないでしょう」と迫ったのである。
実業家で後にエクスペディアを買収する現グループ会長のディラー氏もまた、マイクロソフトからエクスペディアを切り離す局面に関わった人物である。同氏は、ビル・ゲイツ氏から後年、「君は私の会社を盗んだ。どうしてエクスペディアをマイクロソフトから持っていったのか」と冗談めかして言われたことがあると明かす。これに対してバートン氏は、「あなたがその取引をしたのだ。どうやってあの取引をしたのか」と問い返す。
ディラー氏によれば、同氏はバルマー氏に対し、マイクロソフトがこの事業を持ち続ける必要はないと伝えた。「あなたはこの事業にいる必要はない。他にスケールする事業がたくさんある。これは小さなものだ。あなたはそれを望んでいない」と話したところ、通常なら拒まれるような提案に対し、バルマー氏は「まったくその通りだ」と応じたという。ディラー氏は「正直に言って、3分ほどで取引がまとまった」と振り返った。
エクスペディア・グループ会長の バリー・ディラー氏(左)と、エクスペディア創業者リッチ・バートン氏
米同時多発テロ事件(9.11)後の買収交渉――「旅はなくならない」という判断
マイクロソフトからの独立後、エクスペディアはさらに大きな転機を迎えた。
ディラー氏側との買収交渉である。交渉の最終段階で米同時多発テロが起き、その影響で旅行需要が止まり、取引そのものを取りやめる選択肢もあった。
ディラー氏は、当時のエクスペディアについて「その段階では赤字だった」と述べた。バートン氏も「赤字だった。上場はしていたが、少し赤字だった」と認めている。事業は進展していたものの、まだ成長途上であり、オンライン旅行会社としての将来性に対する期待とリスクが同居していた時期だった。
交渉はすでに価格が決まり、契約も結ばれていた。ところが、2001年9月11日の米同時多発テロによって旅行市場は急停止。ディラー氏は「署名済みの合意があった。そこに9.11が来た。当然、旅行はなくなった」と振り返る。契約には、重大な悪影響が生じた場合に取引から離脱できる条項があり、同氏は「これは間違いなく重大な変化だった」と述べる。
周囲からは、取引を進めるべきではないとの声が上がった。ディラー氏によると、同僚たちは「旅行が存在しない。あなたは旅行会社を買おうとしているのに、旅行がない。気は確かか?」と反対したという。
しかし、会議室のなかで誰かが発した言葉が、最終的な判断を左右した。
ディラー氏は「その場にいた誰かが、『命(いのち)があるなら、旅はある』と言った。それを聞いて、私は『そうだ』と思い、取引を完了した」と語る。まさに、旅行需要が一時的に停止しても、人間の活動としての移動や旅そのものはなくならないという判断である。
バートン氏は、この決断に強い敬意を示した。契約上は、いわゆる不可抗力に近い重大な悪影響条項を用いて離脱する余地があったにもかかわらず、ディラー氏は取引を前に進めた。
この一連の経緯は、エクスペディアが単にマイクロソフトから生まれたインターネット企業であるだけでなく、旅行産業の構造変化を背負った企業として独立していったことを示している。出張者の不便から生まれた「自分で画面を見て予約したい」という発想は、社内プロジェクトを超えて、旅行者の行動を変えるプラットフォームになっていった。
バートン氏は対談の終盤で、エクスペディアは、他の旅行会社やホテルなどのパートナーなしには存在しないと強調した。「エクスペディアは、そのパートナーなしには何者でもない。私たちは常に、優れたパートナーシップを持つことを非常にしっかりと理解してきた」と述べた。マイクロソフトの内部で始まった技術企業としての出自は、独立後も旅行会社、ホテル、関連事業者との関係性のなかで拡大していった。
エクスペディア創業の核心は、技術そのものではなく、旅行者に権限を戻すという発想にある。マイクロソフトの社内で見えたインターネットの可能性、バルマー氏を説得したスピンアウト、1999年の上場、そして9.11後の買収完了という複数の転機を経て、エクスペディアは巨大なオンライン旅行企業へと進化していったのである。
取材・文:鶴本浩司



