静岡のお茶農家で高付加価値体験、行政とのタッグで生まれた有料の観光素材、その活動に寄せる思いを聞いてみた

静岡県安倍川流域に広がる本山(ほんやま)地区は、南アルプスからの伏流水や山霧、すり鉢状の急斜面など独特の風土を生かしたお茶づくりが盛んだ。その歴史はおよそ800年。「御用茶」として徳川家にも献上され、家康も愛飲した言われている。その本山地区で9代続く森内茶農園は、数々の茶品評会で高い評価を受けてきた。一方で、お茶ツーリズムのパイオニア的存在で、お茶の飲み比べ体験やお茶畑ツアーなどを観光客に提供している。由緒ある茶農家が観光に携わる理由と取組みを取材した。

「お茶ツーリズム」の始まり

森内茶農園が、客として外部の人を受け入れるようになったのは、行政や茶商による視察や見学が始まりだ。いわゆる接待先として無料で受け入れていた。行政などの案件を受託した地元の旅行会社による試飲ツアーも受け入れたが、それも無料だったという。

しかし、いつまでも無料だと茶農家に負担がかかるばかり。そこで、静岡市はツアーの有料化に動き出す。森内茶農園の森内真澄さんは「一般的にお茶農家の収益が減ってきたことも背景にあると思います。それを行政が案じて、有料化を推してくれました」と明かす。

静岡県経済産業部農業局によると、県内の荒茶の1キロあたりの年平均価格は、2000年の2024円から2021年には1053円に下落。また、お茶の価格は、茶種による価格差、茶期による価格差が大きく、これに品質に応じた価格差が加わることから、農家によって大きな差が生じると言われている。さらに、中国からの輸入茶との価格競争にも晒されてきた。

森内さんは「需要が減ってきたことに加えて、流通の構造的な問題も大きいと思います。一般的にお茶農家はその現状に危機感を持っていますが、そのまま作り続けているところもあれば、後継者が育たず、廃業するところも出てきています」と話す。

ペットボトルなどの緑茶飲料の消費量は、安定して増加している一方で、リーフ茶の需要は減少の一途。農林水産省の資料によると、1世帯あたりのリーフ茶の消費量は、2005年の1144グラムから2021年には759グラムまで減少した。2007年には、1世帯あたりの年間支出額で、緑茶飲料がリーフ茶を上回り、その傾向が現在も続いている。その背景には、家庭で急須で淹れるお茶を飲む習慣が薄れてきたことがある。

静岡県内の茶栽培農家数の減少にも歯止めがかからない。1965年には約6万8000軒あったが、2015年には1万軒を割り込み、2020年は約5800件まで減ってしまった。これは、静岡に限らず、全国的な傾向だ。

茶農家を取り巻く厳しい環境から、行政と茶農家は有料化ツアーへの模索を始めた。2016年には、観光客受け入れに向けて勉強会を開き、値付けや保険、体験メニューなどの検討を始めた。「行政のお墨付きがもらえ、他の農家さんも参加されていたので、有料化をそれほど恐れることはありませんでした」と森内さんは振り返る。静岡市は、体験ツアーのガイドブックも制作。本格的に「お茶ツーリズム」に乗り出した。

お茶体験では、飲み比べだけでなく収穫方法や茶葉の種類・成分なども教えてくれる。日本人にとっても外国人にとっても日本体験

森内茶農園では、お茶畑の案内とお茶の飲み比べ体験のセットで60~90分のコースを一人5000円(2023年1月現在)で提供している。土間に飲み比べ体験のカフェスペースも作った。森内さんは「単価を安くしてたくさんのお客さんを呼ぶよりも、それなりの値段をつけて、少人数で満足して帰ってもらいたい」という。予約は午前1組、午後1組。茶葉の収穫期には受け入れを中断する。観光農園ではなく、あくまでも茶農家だからだ。

森内茶農園を訪れる観光客は、やはりお茶に関心のある人。あるいは、その人に誘われた人が多い。意外なのは、30歳前後の若い男性が多いことだという。「働いていて、若干お金に余裕があり、自分の好きなことにお金をかける人のようです」と森内さん。一人で来る人は女性よりも男性の方が多いと明かす。

最近では、日本茶は世界でも人気が高まっている。産地である森内茶農園に直接買い付けに来る海外のバイヤーも多い。「日本茶専門の人だけでなく、ワイン関係の人、日本酒に関心のある人も多い」という。その傾向から、コロナ前はインバウンド観光客も年々増えていた。

「外国人観光客にとっては、日本茶の体験だけでなく、日本の家屋に入るところからが日本体験になるようです。土間に入る前に靴を脱ごうとする人もいますし、土間の隣の居間に供えてある仏壇に興味を寄せる人もいます。近所の農家のおばちゃんと一緒に写真を撮りたがる人もいます。そのおばちゃんもそれを喜んでいるようです」。

2022年10月から個人旅行が解禁され、訪日観光が本格的に再開されたが、その月から外国人の予約も再度入り始めたという。「何度も来ている人や待ちに待っていた人が多いようです」と森内さん。ピンポイントでお茶を目的にした欧米からの訪問者が目立つようだ。

森内さんは、可能な限り環境への負荷を減らし持続可能な農業を心がけている。「お茶のことをもっと知ってもらいたい」

森内茶農園がある本山地区には、複数の農家があるが、すべてが観光客を受け入れているわけではない。「正直なところ、村の人たちには気を遣います。村の人たちには迷惑をかけないことを前提で観光客を受け入れています」。道路の狭い地区だけに、特に車の出入りには配慮しており、バスや台数が多い場合は、少し離れたところに駐車してもらい、土間カフェあるいは茶畑まで歩いてもらっているという。

地域の人たちの理解を得ながらも、観光客を受け入れるのは、副収入だけが目的ではない。森内さんは「お茶のことをもっと知ってもらいたいんです。ここでの体験で『こんな風に飲めるんだ』と気づいてもらって、それぞれの地元でお茶を買ってもらえれば」と願う。

森内さんの目下の夢は、有料のお茶メニューを出す飲食店が増えることだ。お茶は無料のサービスという考え方を変えていくこと。「有料でもいいから、いいお茶を飲みたい人は絶対にいます。単価の高いレストランだけでなく、普通の飲食店でもその需要はあると思うんです」。

観光は、その土地の文化と産業を支える手段になる。そして、タビナカでの体験や消費だけでなく、タビアトでも継続的な関係を持つことで、さらにサステナブルツーリズムとしてのチカラが高まっていくのだろう。

トラベルジャーナリスト 山田友樹

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