アジア太平洋地域が世界の観光の成長をリード、2030年には国際旅行の4分の1を占める見通し ―ITBアジア2025

世界の観光産業は、パンデミックからの完全回復を経て新たな成長局面に入っている。ツーリズム・エコノミクス社のアジア太平洋地域観光分析責任者マイケル・ショーリー氏(写真)は、ITBアジア2025の基調講演で「2025年は世界の旅行需要が過去最高を記録する年になる」と語った。

同氏によると、国際旅行(国境を超える旅行)はすでに2024年に回復を果たし、2025年にはさらに過去最高を更新する見込み。今後の成長ペースも国内旅行を上回るという見通しだ。2030年には世界で宿泊を伴う旅行者が延べ20億人に達し、目的地での支出総額は2兆5000億米ドルにのぼるという。

APACは世界平均を上回る成長、2030年までに国際旅行の25%を占有

アジア太平洋地域(APAC)は世界の中でも回復が遅れた地域とされてきたが、現在は最も速い成長を遂げている。ショーリー氏は「APACのインバウンド旅行は2025年に前年比8%増と、世界平均の6%を上回る見通し」と指摘する。

さらに2026年には前年より20%増、2027年には35%増に達し、その勢いは他地域を凌駕するという。2030年にはAPAC地域が世界の国際旅行全体の4分の1を占めるまでに拡大し、地域全体での成長が続くとした。

APACのインバウンドの成長(旅行者数と世界のシェア):プレゼンテーション資料より/出典:ITBアジア

この動向は一時的な「回復」ではなく、長期的な構造変化の一端である。講演の中で同氏は「APACが国際旅行におけるシェアを拡大しているのは、ここ10年以上にわたるトレンド。2030年以降も続く」と強調した。

その中でも特に成長が顕著な国として、シンガポール、インドネシア、日本、ベトナムを挙げた。これら4か国は2030年までに2019年比で6割以上の訪問者増が見込まれるという。

インバウンドの成長が顕著な国:プレゼンテーション資料より/出典:ITBアジア

中国とインドが成長の両輪、アウトバウンド拡大が域内観光を押し上げ

APACが世界の観光成長をけん引する最大の理由は、域内から発生するアウトバウンド(海外旅行)の急拡大だ。ショーリー氏は「APACの海外旅行者数は、2030年までに世界全体の約3割を占める見込み」と述べた。

特筆すべきは、これら旅行者の約8割が同地域内の目的地を訪れていることだ。APAC域内旅行の増加がインバウンド成長を相互に押し上げる構造となっている。

とりわけ中国の動向は依然としてカギを握る。ショーリー氏は「中国の海外旅行回復は当初の想定より緩やかだが、2027年には完全回復し、2029年にはパンデミック前を上回る水準に達する」と分析した。

2030年には中国がAPAC全体の旅行者到着数の2割を占めると予測し、「中国の市場は成熟しつつあるが、その規模は依然として圧倒的だ」と語った。

一方で、インドの存在感も急速に高まっている。「インドは世界最大の人口を背景に、今後10年で海外旅行者数が6割以上増加する」。成長率では中国を上回るものの、絶対数では2030年時点で中国の約4分の1にとどまるという。

ただし同氏は、「インドの旅行市場は若く、今後も長期的に拡大を続ける」と述べ、将来的なポテンシャルに期待を寄せた。

中長期リスクは経済減速、一方、観光需要の下支えは堅調

観光産業のリスク要因として、ショーリー氏は「世界経済の減速と中国経済の弱含み、米国の貿易政策などによる不確実性」をあげた。

「当面のリスクは下方に偏っているが、観光需要の基礎は依然として強く、長期的には安定した成長軌道にある」と語った。

同氏はまた、アジア新興国の生活水準の向上が観光需要を押し上げる要因になると指摘。「アジア太平洋地域では、国際旅行への参加率が依然として欧州や米州より低い。だが、所得上昇に伴い旅行が可能となる世帯が急増する」とみている。

2025年から2035年の10年間で、中国とインドを中心に約1億6000万世帯が新たに旅行可能な所得層に達する見通し。「この新たな中間層の拡大は、アジアのアウトバウンドとインバウンドの両面で観光産業に大きな追い風をもたらす」。これにより、地域全体で持続的な観光経済の成長が見込まれるという。

求められるのは「本物の体験」と「価値ある支出」

講演の最後でショーリー氏は、消費者意識の変化にも言及した。ツーリズム・エコノミクス社の調査によれば、「旅行者はこれまで以上に“本物の体験”“自然環境とのつながり”を重視している」という。

「旅行先を選ぶ際、旅行者は体験の質や地域の本物らしさを求める傾向が強まっている。同時に、単なる節約ではなく“支出に見合う価値”を重視している」と分析した。

この価値志向の高まりは、観光地にとっては価格競争ではなく体験価値の創造を促す要素となるだろう。

講演の締めくくりとして、同氏は「観光産業の可能性は依然として非常に大きい。正しい投資と戦略により、APACは世界の観光の未来を形づくる主役となる」と述べた。

取材・文: 鶴本浩司

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